ChatGPTが覚醒する「神コマンド」

今朝、YouTubeショートを眺めていたら、こんな動画が流れてきた。

ChatGPTが覚醒する神コマンド5選

画面には、次のような文字が並んでいた。

/formal
/todo
/logic
/1page
/boss

「このコマンドを入力すると、ChatGPTの回答が劇的に良くなる」という趣旨らしい。

私は最初、何かChatGPTに正式に実装されている特殊な機能なのかと思った。

だが、内容を見てみると、どうやらそうではない。

/formalなら、丁寧で正式な文章にする。
/todoなら、やるべきことを整理する。
/logicなら、論理的に考える。
/1pageなら、1ページに収まるようにまとめる。
/bossなら、上司向けの文章にする。

という程度のものだった。

それなら普通に、

丁寧な文章にしてください。
やるべきことを一覧にしてください。
論理的に検討してください。
1ページ以内にまとめてください。
上司へ説明する文章にしてください。

と頼めばよいのではないか。

ChatGPTは、特定の呪文を入力しないと動かないコンピューターゲームの隠しキャラクターではない。

自然な日本語で頼めば、だいたい理解してくれる。

それなのに、

ChatGPTが覚醒する
神コマンド
知っている人だけが得をする裏技

という包装をすると、急にものすごい情報に見えてくる。

私は、ずいぶん大げさだなと思った。

でも、この情報を必要とする人はいる

ただ、少し考えてみると、単純に笑って終わる話でもない。

私は市役所で働いている。

市役所には、ホームページに明確に書いてあることについても、電話で問い合わせが来る。

「受付時間は何時までですか」
「必要な書類は何ですか」
「どこの窓口へ行けばいいですか」

検索すれば、数分で出てくる。

それでも電話をかけてくる人は、今もたくさんいる。

インターネットが広く普及してから、もう四半世紀ほどたつ。

スマートフォンも、多くの人が持っている。

それでも、

インターネットで調べるより、電話で人に聞く

という行動はなくならない。

以前の私は、

なぜ自分で調べないのだろう。
ホームページに書いてあるのに。

と思うことが多かった。

だが、電話をしてくる人が、必ずしも情報を入手できないわけではないのだと思う。

検索すること自体が苦手な人もいる。

どんな言葉で検索すればよいか分からない人もいる。

ページを開いても、文章のどこを読めばよいか分からない人もいる。

自分に当てはまる条件なのか判断できない人もいる。

読んではみたけれど、

本当にこれで合っているのだろうか。

と不安になる人もいる。

つまり、電話で求められているのは、単なる情報だけではない。

検索すること
必要な情報を選ぶこと
自分の状況に当てはめること
間違っていないと確認すること
最後に判断すること

まで、まとめて職員にお願いしているのである。

さらに言えば、

市役所の人がそう言ったのだから大丈夫

という形で、判断の責任の一部も預けている。

「神コマンド」は、AI版の窓口案内なのかもしれない

そう考えると、「神コマンド」の動画が必要とされる理由も少し見えてくる。

AIに慣れている人なら、

もっと分かりやすくして。
反対意見も検討して。
表にして。
私の状況に合わせて書き直して。

と、その都度、自由に頼める。

回答が気に入らなければ、

そこではなく、私が知りたいのはこちらです。

と修正すればよい。

だが、AIに慣れていない人にとっては、

何を頼めばよいのか分からない

というところから始まる。

ChatGPTの画面を開いたものの、白い入力欄を見て固まってしまう。

何でも聞いてよいと言われるほど、逆に何を聞けばよいか分からない。

そのような人にとって、

/formalと入力してください。
/logicと入力してください。

という説明は、分かりやすいのだろう。

本当はただの自然言語による指示であっても、

この決まった言葉を入力すれば大丈夫

と言われた方が安心できる。

自由に使える道具より、押すボタンが決まっている機械の方が使いやすい人はいる。

だから、「神コマンド」は高度なAI技術を教えているというより、

AIに何を頼めばよいか分からない人のために、頼み方を定型化している

のだと思う。

そう考えれば、完全に無価値とも言い切れない。

問題は、それを、

ChatGPTが覚醒する秘密の命令

のように見せていることである。

「丁寧に書いてください」という普通のお願いを、/formalという黒い箱に入れることで、発信者しか知らない特別な技術のように見せている。

内容そのものより、秘密の知識を受け取った感覚が商品になっている。

人は答えよりも、「これで大丈夫」と言ってほしい

AIが普及すれば、誰でも簡単に情報を得られるようになる。

そう言われている。

確かに、以前なら専門書を読んだり、詳しい人を探したりしなければ分からなかったことを、今ではAIに質問できる。

しかし、AIが答えを出せることと、すべての人がAIを使いこなせることは同じではない。

さらに、AIを使いこなせたとしても、最後に自分で判断できるとは限らない。

人は、ときどき答えそのものよりも、

それで合っています。
あなたは間違っていません。
このとおりにすれば大丈夫です。

と言ってくれる誰かを求める。

市役所へ電話をする人も、神コマンドの動画を見る人も、単に情報が欲しいだけではないのかもしれない。

自分で探し、自分で読み、自分で判断し、自分で責任を負うという一連の作業を、少し誰かに預けたい。

その「誰か」が、市役所の職員であることもあれば、YouTubeの発信者であることもある。

そして今後は、AIの使い方を教える人や、AIの回答を代わりに解釈してくれる人が、その役割を担うのだろう。

AIは、たくさんの答えを無料で出してくれる。

けれど、

どの答えを信じればよいのか。
自分の場合はどうなのか。
最後に何を選べばよいのか。

という問いは残る。

そして、その不安が残る限り、

私が正しい使い方を教えます。
私の言うとおりに入力すれば大丈夫です。

という人にも需要がある。

今朝は、「神コマンドなんて大げさだな」と笑っていた。

けれど考えてみると、その動画が売っているのは、コマンドではなかった。

自分でAIを扱わなくても、この人の言うとおりにすれば使える

という安心だったのだと思う。

AIは答えを無料化しても、答えを確定してくれる誰かへの需要までは消さない。

神コマンドの正体は、秘密の命令ではなく、判断を誰かに預けるための、小さな手すりなのかもしれない。

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