「婚活11年」はそんなに異常か――“高望み”を笑う低解像度な正論

ある動画を見ていたら、「年収800万円以上の男性と結婚したい」と希望し、11年間婚活を続けている女性が話題になっていた。

こういう話には、ほとんど自動的に同じツッコミがつく。

「高望みしすぎ」
「だから11年も結婚できないんだ」
「現実を見た方がいい」

なるほど。結婚することだけを目的にするなら、その通りかもしれない。

年収800万円という条件を500万円や600万円に下げれば対象者は増える。容姿や年齢その他の条件も緩めれば、さらに結婚できる確率は上がる。11年間成果が出ていないなら条件を見直せ、というのは、婚活攻略法としては極めて正しい。

でも私は、この手の話を見るたびに少し違和感がある。

そもそも、この人はそんなに結婚したいのだろうか。

ここを飛ばして、「結婚できていない=失敗している」と決めつけてしまってはいないだろうか。

人は普通、今より生活が悪くなる選択をわざわざしない。

一人で働いて、一人で暮らして、好きなものを食べて、休日には好きなところへ行く。それで十分楽しい。友達もいる。趣味もある。経済的にも特に困っていない。

そんな人にとって、結婚は無条件でプラスになるイベントではない。

相手に生活時間を合わせる。家事を分担する。住む場所を調整する。お金の使い方も多少は制約される。相手の親族とも付き合うことになる。

それらを全部引き受けてなお、「今より生活が良くなる」と思える相手でなければ、結婚しない。

そう考えれば、「年収800万円以上」という条件も、必ずしも奇妙ではなくなる。

本人にとっての比較対象は、年収500万円の男性と800万円の男性ではない。

「その男性と結婚した生活」と「現在の快適な独身生活」なのである。

ここを取り違えると、一気に話の解像度が落ちる。

婚活11年という数字もそうだ。

「11年間結婚できなかった」と書けば、11年間失敗を続けている人に見える。

でも、

「11年間、条件を下げてまで結婚する必要を感じなかった」

と書けば、まったく違う人物像になる。

少なくとも11年間、結婚しなければ生活できないほど困窮していたわけではない。条件を下げなければならないほど独身生活が苦痛だったわけでもない。

むしろ、現在の生活にそこそこ満足しているからこそ、「いい人がいれば結婚する。でも、いなければ今のままでいい」が成立する。

さらに言えば、婚活そのものが一つの生活様式になっている可能性だってある。

私はゲイなので、男性同士のマッチングアプリを使っていたことがあるのだが、プロフィールには「恋人募集」「友達募集」などと目的を書く欄があった。

でも「恋人募集」にして何年もアプリを使っている人が、必ずしも一刻も早く恋人を作って退会したいのかというと、そんなに単純でもないだろう。

新しい人を見つける。メッセージをする。相手から好意を向けられる。食事をする。「この人、ちょっといいかも」と思う。

つまり、恋人という「成果」だけでなく、恋愛市場に参加している過程そのものにも楽しさがある。

婚活だって同じかもしれない。

「結婚相手を探している私」でいること。新しい異性と会うこと。まだ自分には選択肢があると思えること。

それ自体が心地よければ、必ずしも最短距離で婚活を終了させる必要はない。

あるいはもっと消極的な理由もあり得る。

本音では今の生活で満足している。しかし親や周囲から「結婚しないの?」と言われる。

そんなとき、

「今、婚活してるんだけど、なかなかいい人がいなくて」

という状態は非常に便利だ。

「私は結婚しません」と宣言する必要もなければ、「結婚を諦めました」と言う必要もない。

もちろん、例の女性が実際にそう考えているのかは分からない。

ただ、「婚活を11年続けている」という事実だけから「結婚できなくて困っている人」と決めつける必要もない、という話である。

そして、こういう人が増えている背景には、もっと大きな社会変化もあると思う。

昔に比べて、一人暮らしが猛烈に快適になった。

昔の会社員なら、毎日ワイシャツを着て、襟袖を洗い、外に干し、取り込み、アイロンをかけ、場合によっては糊までつける必要があった。

今なら形態安定シャツがある。そもそもクールビズで夏はシャツすら着ない。

洗濯乾燥機がある。ロボット掃除機がある。冷凍食品も惣菜も一人分の商品が大量にある。ネット通販もある。動画もゲームもSNSもある。

かつて結婚には、恋愛や子育てだけではなく、経済共同体、家事労働、食事、老後、世間体まで、さまざまな機能が詰め込まれていた。

ところが、そのかなりの部分を技術とサービスが代替するようになった。

結果として、結婚に残された問いは昔より純粋になった。

「私は、この人と一緒に暮らしたいのか」

これは結婚にとって、案外厳しい問いなのかもしれない。

昔なら多少気が合わなくても、結婚した方が生活全体として合理的だった。

今は一人でも困らない。

だから結婚のライバルは、別の男性や女性ではない。

快適な一人暮らしそのものなのである。

そう考えると、「年収800万円以上じゃなきゃ嫌」と言う人を見て、「そんな高望みだから11年も婚活してるんだよ」と笑うことにも、少し違った景色が見えてくる。

その指摘は間違ってはいない。

条件を下げれば結婚できる確率は上がる。

しかし、それは「結婚することが最優先」という前提を置いた場合だけの正論だ。

本人が、

「800万円以上で、自分と合う人なら結婚したい。でも、そこまでの人がいなければ今の生活でいい」

と思っているなら、何も破綻していない。

婚活11年という数字を見た瞬間に、

「かわいそう」
「売れ残り」
「現実が見えていない」

と人間を一枚絵にしてしまう。

それもまた、最近よく見かける低解像度な正論なのだと思う。

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