最近、ビオトープをいじっていて思うのは、
世界には「意味」はなくても、「手応え」はあるということだ。
ベランダにトロ船を置いて、水を張って、石を組んで、植物を植える。
メダカが住めるように、水の流れを考えたり、
少しずつ配置を変えたりする。
やっていることは、ただそれだけだ。
でも、これが面白い。
水の流れを少し変えると、ちゃんと流れ方が変わる。
植物の位置を変えると、元気になったり、逆に枯れたりする。
濁った水は、そのままにしておけばそのままだし、
少し手を入れれば、また違う状態になる。
どれも当たり前といえば当たり前で、
ただ物理法則や生態系が働いているだけなのかもしれない。
でも、その「当たり前」が、ちゃんと返ってくる。
触れたら、返ってくる。
何かをすると、何かが起きる。
それが成功でも失敗でも、どちらでもいい。
とにかく、世界が応えてくる。
考えてみると、
自分がやっていることはとても小さい。
世界は、自分がいなくても回り続けているし、
水も、生き物も、最初から自律的に動いている。
自分にできるのは、
その中の配置を、ほんの少しだけいじることくらいだ。
それでも、少し触ると、ちゃんと変わる。
流れが変わったり、環境が安定したり、
逆に崩れたりもする。
その変化が、全部そのまま返ってくる。
うまくいくこともあれば、うまくいかないこともある。
水があふれたり、逆流したり、
植物が枯れたり、濁ったりすることもある。
でも、それも含めて全部「手応え」なんだと思う。
何をしても変わらない世界より、
触れた分だけ変わる世界の方が、ずっと面白い。
よく、「愛の反対は無関心」と言うけれど、
もしこの世界が完全に無関心だったら、
きっと何も面白くない。
何をしても変わらない。
何をしても返ってこない。
そんな世界だったら、
何をする意味もなくなってしまう。
今の世界は、そうではない。
優しくはないけれど、無関心でもない。
触れれば、必ず何かが返ってくる。
それが壊れることでも、失敗でも、
ちゃんと「応答」がある。
意味があるかどうかは、よくわからない。
でも、手応えはある。
今は、その感覚で十分な気がしている。

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