「もっと集中しろ」の、その先にあったもの

女子バレーの試合を見ながら、選手のピアスやリップの話をしていた。

トップ選手が華やかに見えることには、きっと意味がある。 テレビ中継がある。スポンサーがいる。何万人、何百万人という人が見る。 髪を整え、眉を整え、リップを塗り、ネイルをする。 それが本人の自信になることもあるだろうし、競技そのものを華やかに見せる効果もある。

小学生や中学生がテレビを見て、 「女子バレー、かっこいいな」 「私もやってみたい」 と思うかもしれない。 競技人口が増えれば、裾野が広がる。地域で競技をする子が増えて、指導者が増えて、競争も生まれる。その中から強い選手が育ち、また代表選手が生まれる。 そう考えれば、トップ選手が「憧れられる存在」でいることは、回り回って競技力そのものにもつながる。

一方で、子どもが表面だけを真似する危険もある。 髪色は見える。ネイルも見える。ピアスも見える。 でも、その選手がそこまで到達までに積み重ねた何万時間もの練習は見えない。 だから、「トップ選手もこうしているから」という理由だけで、見た目だけを真似してしまう。

そんな話をしていて、ふと昔の自分を思い出した。 私は中高6年間、バレー部だった。

体育館は、バレー部、バスケ部、剣道部で分けて使っていた。半面の日もあった。 半面といっても、バレーコートがぎりぎり1面張れるだけ。エンドラインの後ろにほとんど余白がなかったので、サーブはコートの外から打てなかった。手を振ると壁に当たるからだ。 だから、コート内からサーブを打っていた。 試合では当然、エンドラインの後ろから打つ。けれど普段そこから打つ練習がほとんどできない。本番でサーブを打つと、距離感が妙に遠く感じた。今考えれば当たり前である。

もっとつらかったのは、体育館を4分の1しか使えない日だった。 味方コート側にバレー部全員。ネットの向こう側には剣道部。そんな感じだった。 当然、ネットを使った練習はできない。狭い範囲でパスをしたり、ひたすらレシーブをしたりする。隣では剣道部が大きな声を出している。胴着のにおいもする。こちらのレシーブが少し弾けば、ボールはすぐ向こう側へ入る。すると、そのボールを蹴り返されたりする。あれは、結構つらかった。

別に剣道部が悪いと言いたいわけではない。剣道部から見れば、稽古中にバレーボールが転がってくるのは邪魔だったと思う。 問題は、そもそもそんな距離で二つの競技を同時にやらせていたことだ。しかも学校には、独立した柔道場があった。畳が敷かれた柔道専用の館で、柔道部は毎日のようにそこを使っていた。 こちらは壁に手が当たるからコート内からサーブを打っている。隣の剣道部にボールを蹴られる。なのに柔道部には専用施設がある。 中高生ながら、なんとなく納得がいかなかった。

さらに、高校に上がったころ、新しく剣道部ができた。 私はそのとき、「やっと上級生になった。これからは少しは優先的に練習できる」と思っていた。 ところが、新しい部ができたことで、ただでさえ少ない体育館の取り分はさらに減った。

今振り返ると、これはかなり面白い。 学校からすれば、「新しい部活動ができた」という教育機会の拡充だったのだろう。 でも既存のバレー部からすれば、「今まで使えていた教育資源が薄まった」という話だった。同じ出来事でも、立場によって意味は逆になる。

それでも、要求される練習の密度はかなり高かった。 20秒ごとにタイマーを鳴らして、次々に練習メニューを変える。もたもたすると怒られる。メニューを覚えていないと殴られることもあった。 「時間がないんだから集中しろ」 「体力や技術で勝てないなら、考えて練習しろ」 そんな雰囲気だった。

今になって思えば、この思想そのものには、一部合理性もある。時間が少ないなら、密度を上げる。設備で負けるなら、頭を使う。勉強でも仕事でも同じことはある。 ただ、当時は少し違和感もあった。

例えばレシーブ。 「セッターを一歩も動かすな」と言われる。目標としてはものすごく分かりやすい。 でも、実際にレシーブが2メートルずれたとき、「なぜずれたのか」については、あまり具体的に教えてもらえなかった。フォームの基本は教わる。でも精度が悪いと、「もっと集中しろ」と言われる。

今なら、こう分解する。 構えが高かったのか。最初の一歩が遅かったのか。ボールの正面に入れていないのか。腕の面の角度が違ったのか。相手のサーブを読むのが遅かったのか。

けれど当時は、「集中」という一言にかなり多くのものが押し込まれていた気がする。

先生は、そもそもバレーの専門家ではなかった。バレー経験すらなかった。 今考えると、それで毎日のように顧問をしていたこと自体がすごい。大会会場まで、自分の車で生徒を乗せていってくれた。休日も潰していた。大会の手続きもしていた。部員同士の人間関係もまとめていた。本当に、よくやっていたと思う。 だから、「もっと専門的に教えてほしかった」という思いと、「そこまで先生に求めるのは無理だよな」という思いが、今は両方ある。

私はバレー部時代に膝を痛めた。 当時は、「サポーターをつけろ」「バンテリンを塗っておけ」くらいだった。 今の自分が当時の自分に会えるなら、もっと別のことを言うと思う。

「大腿四頭筋だけで体重を受けすぎていないか」 「臀部やハムストリングスを鍛えよう」 「着地のときに膝が内側に入って、つま先が外を向いていないか」 「ずっとつま先立ちで構えるんじゃなくて、必要な瞬間に重心を落として反応しよう」

そんな話をすると思う。痛いところに薬を塗るのではなく、「なぜそこが痛くなっているのか」を一緒に考える。今なら、それができる。

そう考えると、昔の部活動には、 「もっとやれ」「真面目にやれ」「サボるな」「集中しろ」「協力しろ」 という言葉はたくさんあった。 でも、「なぜこの部活をやるのか」「どの程度やればいいのか」「自分の人生の中で、この競技にどのくらいの時間を使うのか」という問いは、あまりなかった気がする。

全国大会を目指す。前年より良い結果を出す。それは目標としてはある。でも、その上にある目的は、かなり本人任せだった。 部活に入ることは「自主的・自発的」だったのかもしれない。でも、一度入ると、「郷に入っては郷に従え」になる。途中で辞めるのはものすごく勇気がいる。別の部に移るのも難しい。 そうなると、「自主的に入った以上、あとは全部従う」という、ちょっと不思議な自主性になる。

そして、部活動にはもう一つ難しい問題がある。資源は有限だ。 体育館は一つしかない。バドミントンならコートは3面しかない。18人入りたいと言っても、12人しか十分には練習できない。 上手い人を優先するのか。初心者にも機会を与えるのか。上級生を優先するのか。平等に分けるのか。どれを選んでも、誰かが不満になる。

だから結局、「この部活は何のために存在するのか」を決めないと、資源の配分も決められない。 大会で勝つためなのか。すべての生徒にスポーツの機会を与えるためなのか。健康のためなのか。仲間づくりのためなのか。生涯スポーツの入口なのか。 目的が曖昧なまま、「みんなで一生懸命やりましょう」だけでは、コートが足りなくなった瞬間に破綻する。

今思うと、私の中高時代のバレー部は、目的が曖昧なまま、手段だけは猛烈に最適化されていた。 20秒刻みで練習する。集中する。考える。サボらない。 それはそれで、私の中に今も残っている。仕事でも、「この限られた条件で、どうすれば一番よくなるか」と考える癖は、あの頃に少しできたのかもしれない。

でも同時に、「そもそも、これは何のためにやっているのか」「ここまでやる必要があるのか」と考える癖も、今はかなり強くなった。

昔は、「もっと頑張れ」しかなかった。 今の自分なら、昔の自分にこう言うと思う。

頑張る前に、何のために頑張るのかを考えていい。 頑張る量も、自分で考えていい。 痛いなら、根性ではなく原因を考えていい。 そして、努力しても報われないことはある。それでもやりたいなら、やればいい。

多分、それが本当の意味での「自主的・自発的」なんだと思う。

……女子バレー選手のピアスの話から、ずいぶん遠くまで来た。 でも、たぶん根っこではずっと同じ話をしていた。 人は、何を見て、何を真似して、何に自分の時間を使うのか。

スポーツって、技術だけじゃなくて、そこまで教えるものなのかもしれない。

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