スピリチュアルは、予言をハズしたときの言い訳が上手い。

スピリチュアル界隈を横目で眺めながら、少し悪趣味な思考実験をしてみた。

もし私が悪徳商人だったら、どんな商品を考えるだろう。

コンサルは儲かりそうだが、大変である

まず思いつくのは、コンサルタントである。

悩んでいる人に助言をして、その対価としてお金をもらう。

商品を仕入れる必要もない。店舗もいらない。自分の言葉や知識が商品になるので、うまくいけば利益率は高い。

しかし、具体的な助言をするのは意外と大変である。

会社の経営相談なら、その業界や市場を調べなければならない。
転職相談なら、本人の能力や生活状況を確認する必要がある。
投資相談なら、制度や商品の知識が要る。
医療、法律、税務などに踏み込めば、資格や責任の問題も出てくる。

しかも、

あなたの助言どおりにしたら失敗しました。

と言われる可能性がある。

専門的なことを具体的に言うほど、正誤を検証され、結果責任を問われやすくなる。

これは面倒である。

できれば、もっと簡単なものがよい。

専門知識をあまり必要とせず、仕入れも在庫もなく、原価はほぼゼロ。

それでいて客が強く欲しがり、答えが間違っていても、間違いだったと確定しにくいもの。

何かないだろうか。

当たるも八卦、当たらぬも八卦で売れるもの。

そうだ。

未来を売ろう

人間は、未来を知りたがる。

この人と結婚して幸せになれるのか。
今の仕事を続けてよいのか。
病気は治るのか。
事業は成功するのか。
自分はいつ、運命の人と出会うのか。

人生で使える時間も、お金も、体力も有限である。

やり直せることばかりではない。

だから人は、選択する前に結果を知りたい。

ところが、未来は誰にも分からない。

誰にも分からないということは、客にとっては不安だが、売り手にとっては好都合でもある。

現在や過去について嘘を言えば、調べられてしまう。

しかし未来については、その時が来るまで正解が確定しない。

しかも遠い未来を語れば、答え合わせまで何年もかかる。

これは商品になりそうである。

ただし、

私が未来を予測しました。

と言ってしまうと、外れたときに私の能力不足となる。

そこで、もう一工夫必要だ。

私が言っているのではありません

未来についての助言は、私自身の意見ではなく、別の存在から届いたことにしよう。

その存在は、普通の人間よりはるかに高い視点を持っていなければならない。

たとえば、

宇宙存在
高次元の意識
守護霊
神
未来の地球人
すべてを記録している宇宙のデータベース

などである。

私は、その高い存在からメッセージを受け取り、相談者へ伝えるだけの通訳になる。

こうすれば、助言に権威がつく。

単なる私の感想なら一万円でも高いが、宇宙の外側から届いた特別な情報なら、三万円でも安いと感じる人がいるかもしれない。

しかも、その存在には誰でもアクセスできてはいけない。

相談者自身が直接聞けるなら、私にお金を払う必要がないからだ。

高次元の存在は、波動の整った特別な人にしか接触できません。
私は長い修行の末に、その声を受け取れるようになりました。

としておこう。

権威は最大に、検証可能性は最小にする。

これが重要である。

客が、

本当に宇宙存在がそう言ったのですか。

と聞いても、

あなたにはまだ聞こえないのですね。

と返せる。

宇宙存在へ問い合わせる窓口はない。
本人確認書類もない。
議事録も録音もない。

私しか会えない第三者を置くことで、私の話は確認不能になる。

当たったときは私の実績、外れたときは誰の責任か

しかし、未来はいずれ現在になる。

結婚できると言ったのに別れた。
事業が成功すると言ったのに倒産した。
今年中に運命の人が現れると言ったのに、誰も現れなかった。

そのとき、

宇宙存在が間違えました。

としてしまうと、商品の権威が失われる。

未来は変わるものです。

だけで逃げるのも難しい。

それを言いすぎると、

では、最初から未来を聞く意味がないのでは?

となってしまうからだ。

そこで、失敗の原因を相談者の側へ移す仕組みが必要になる。

ただし、

あなたが具体的にこの行動をしなかったからです。

と言うのは危険である。

具体的な行動を指定すると、その助言と結果の因果関係を検証される。

だから、行動ではなく、相談者の内面を原因にしよう。

願いを心から信じられていなかった。
恐れが現実化した。
潜在意識にブロックがあった。
波動が下がっていた。
魂が別の学びを選んだ。

内面なら、外から測ることができない。

本人が、

私は十分に信じていました。

と言っても、

頭では信じていても、潜在意識では疑っていたのです。

と返せる。

本人にも見えない心の奥を、なぜか私だけは分かるのである。

これで、未来が外れても、私も宇宙存在も間違っていないことになる。

願わなければ叶わない。しかし、願いすぎても叶わない

さらに強力な仕組みを加えよう。

願いは、強く信じれば現実になります。

と教える。

ところが、願っても叶わなかった人が現れる。

そのときは、

願いに執着しすぎたから叶わなかったのです。
宇宙へ願いを放ったら、あとは手放してください。

と説明する。

しかし、手放して忘れてしまえば、そもそも願っていないのと同じではないか。

そこで、

願いは明確に思い描きなさい。
ただし、願いがない現在を意識してはいけません。

という教えにする。

たとえば、カレーを食べたいとする。

カレーを食べるためには、

私はカレーを食べたい。

と思わなければならない。

しかし、カレーを食べたいと願うということは、「今の私は空腹である」という欠乏を宇宙へ発信することになる。

宇宙は、その欠乏感を受け取り、カレーがない現実を返してくる。

したがって、カレーを手に入れるには、カレーを望みながら、カレーを望んではいけない。

……どうすればよいのだろう。

客が混乱して聞きに来たら、

まだ頭で理解しようとしていますね。
次の講座では、願いを手放す本当の方法をお伝えします。

と言えばよい。

カレーを売るより、カレーを引き寄せられない理由を売る方が簡単である。

商品が外れても、客は訴えにくい

この商売には、もう一つ大きな強みがある。

購入した人が、後から不満を公表しにくいことである。

普通の商品なら、

この掃除機は吸引力が弱かった。
この料理はおいしくなかった。

と、商品だけを外に置いて批判できる。

だが、

宇宙存在と会話できるという人に、未来を教えてもらうため三万円払いました。

と言うと、周囲からまず別の質問をされる。

なぜそんな怪しいものを買ったの?
強制されたの?
自分で選んで申し込んだのでしょう?
信じた方が悪いのでは?

売り手の商品を批判する前に、買った自分の判断力を弁護しなければならない。

全部信じていたわけではなくて……。
その人は以前、もっともらしい話もしていて……。
友達もよいと言っていて……。
ちょうど悩んでいた時期で……。

説明すればするほど、自分の迷いや弱さまで公開することになる。

三万円を取り返すために、その恥ずかしさや手間を引き受ける人は多くないだろう。

結局、勉強代だった、として、黙って離れる。

売り手から見れば、返金も苦情対応も少なく、静かに客が入れ替わる。

少額すぎて争うほどではないが、多くの人から集めれば十分な売上になる。

非常によくできた商品である。

完全な悪人が設計したとは限らない

もっとも、現実のスピリチュアルな発信者が、全員このように悪意を持って仕組みを設計しているとは思わない。

本人が本当に宇宙存在の声を聞いたと信じていることもあるだろう。

自分の言葉によって救われた人を見て「私には特別な使命がある」と確信していくこともある。

最初は善意だったのに、外れた予言を説明するうちに、

未来が変わった。
相手の波動が違った。
今はまだ時期ではなかった。

という理屈が積み上がった可能性もある。

つまり、一人の悪徳商人が机の上で完成させなくても、外れても生き残れる説明だけが少しずつ残り、教義として洗練されていく。

売り手が意図的に作ったというより、商売を続けられる世界観が、市場によって選ばれたとも考えられる。

しかし、本人が善意で信じていることと、その仕組みが相談者を依存させることは別である。

未来より先に、責任の行き先が設計されている

この思考実験をしていて、気づいたことがある。

この商売で本当に重要なのは、未来を当てることではない。

未来が外れたときに「誰が責任を負うのか」を、あらかじめ設計しておくことである。

当たれば、宇宙存在と売り手の実績になる。

外れれば、相談者の恐れ、執着、波動、潜在意識、魂の選択になる。

まだ結果が出ていなければ、

その時はこれから来ます。

と言える。

売り手にとって負けとなる結末が、最初から存在しない。

そして相談者は、答えを得られなかったとき、

この人は未来が見えなかった。

ではなく、

私には、まだ何か足りないのかもしれない。

と考える。

すると、さらに深い答えを求めて、次のセッションや講座へ向かう。

未来を知るためにお金を払ったはずが、いつの間にか、自分が未来を受け取れない理由を探すためにお金を払い続ける。

未来を売る商売は、未来そのものを売っているのではない。

未来が分かったように感じられる安心。
外れた出来事にも意味があったと思える説明。
そして、まだ答えへ到達できていないという新しい課題。

を売っている。

そう考えると、最も優れた未来予測とは、最もよく当たる予測ではないのかもしれない。

外れたときでさえ、商品価値が失われない予測である。

悪徳商人が最初に考えるべきことは、どんな未来を語ろうか、ではない。

その未来が外れたとき、責任をどこへ運ぼうか。

なのである。

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