最近、日本の魚介類の輸入量について調べていた。きっかけは単純な疑問だった。
日本は海に囲まれた国なのに、なぜ魚介類を大量に輸入しているのだろう。
調べてみると、日本の漁獲量は1980年代をピークに大きく減少していた。
そして原因として、
- 海水温の変化
- 黒潮の蛇行
- 資源量の減少
- 国際競争
- 漁業者の高齢化
などが挙げられていた。
最初は、
「そんなに短期間で魚が減るものなのか?」
と思った。
しかし考えてみれば、私自身が飼っているメダカを見ていても、水温の影響は驚くほど大きい。
朝の水温が低い日は動きが鈍い。
20℃を超えると活発になる。
真夏に30℃を超えると、逆にぐったりしているように見える。
たった数℃で行動が変わる。
魚は変温動物なのだから当然なのだが、それでも実際に観察すると驚く。
一方で、水質については意外と変化が見えない。
亜硝酸濃度が多少変わっても平気そうに泳いでいる。
しかし閾値を超えると急に死ぬ。
水温は連続的に影響する。
水質は閾値的に影響する。
そんな印象がある。
ここでふと思った。
魚は努力しない。
海水温が下がったから頑張ろう、と考えない。
黒潮が変わったから自己啓発本を読まない。
ただ環境条件に従って行動が変わる。
暖かい方へ移動する。
餌がある場所へ移動する。
それだけだ。
しかし人間は違う。
成功した人は、
「努力したから成功した」
と語る。
挑戦したから。
成長したから。
コンフォートゾーンを抜けたから。
もちろんそれは間違いではない。
しかし、魚を見ていると別のことも思う。
本当にそれだけだろうか。
魚が元気に泳いでいるのは、
本人の努力ではなく、
水温や酸素濃度や餌の条件が整っているからではないか。
同じように人間も、
身体資本
経済資本
家族環境
教育環境
人脈
時代
運
などに大きく左右されているのではないか。
長友佑都選手のような成功者を見ていると、
つい努力に目が行く。
しかし、
魚を見ていると、
まず環境を見たくなる。
海水温が変われば魚は減る。
漁師がサボったからではない。
黒潮が変われば漁場も変わる。
魚の根性論ではない。
人間も案外似ているのかもしれない。
努力は大切だ。
しかし努力だけではない。
魚を見ていると、
環境条件というものの大きさを改めて感じる。
最近の私は、
メダカを眺めながら、
人間もまた水槽の中の生き物なのではないかと思う。
魚より少し賢く、
少し複雑なだけで、
結局は環境に大きく影響されながら生きている。
そして成功も失敗も、
個人の能力だけではなく、
水温のような見えない条件の上に成り立っているのだろう。
だから私は、
魚を見るたびに思う。
魚は努力しない。
しかし、だからといって怠けているわけでもない。
ただ与えられた環境の中で、懸命に生きている。
それは案外、人間も同じなのかもしれない。

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