アカシックレコードというものが、本当に存在すると仮定してみる。
そこには、人間の過去生、魂の課題、今生で経験すべきこと、もしかすると未来の可能性まで記録されているらしい。
普通に考えれば、それを読める人の鑑定には価値がありそうである。
自分では思い出せない過去生を教えてもらい、現在の悩みの原因が分かる。三万円を払っても、人生の謎が解けるなら安い、と思う人もいるだろう。
しかし、アカシックの存在を真剣に信じるほど、別の疑問が出てくる。
まず、なぜ一部の霊能力者だけが読めるのだろう。
人は過去生の記憶を消して生まれ、その状態で今生の課題を学ぶのだという。
だとすれば、途中で霊能力者に答えを聞くのは、カンニングにならないのだろうか。
答えを知らずに経験することが重要なら、アカシック鑑定は禁止したほうがよい。
逆に、過去生を知ることで魂の成長が促進されるなら、一部の人だけに有料で教えるのではなく、全員へ知らせたほうがよい。
宿題があることすら教えられていないのに、死後になって、
「はい。あなたは今生の宿題を終えていません。来世でもう一度やり直してください」
と言われたら、さすがに納得できない。
先生、まず宿題の存在を教えてください、となる。
さらに不思議なのは、本人が読めない自分自身の記録を、なぜ他人である鑑定者が読めるのかということだ。
本人の魂から許可を得ている、と言うのかもしれない。
しかし、その許可を確認するのも鑑定者本人である。
「宇宙から閲覧許可が出ています」と、閲覧する人が自分で証明書を発行しているようなものである。
もし別の霊能力者が、まったく違う過去生を読んだらどうするのだろう。
一人は「あなたは江戸時代の農民でした」と言い、もう一人は「古代エジプトの神官でした」と言う。
アカシック情報訂正請求を、宇宙のどこへ提出すればよいのか。
現実の個人情報であれば、本人同意、アクセス権、訂正手続き、管理責任がある。
魂と来世を左右する宇宙規模の個人情報なら、「個人情報保護法」以上に厳密な制度があってもよさそうだ。
ところが実際には、「必要な情報だけ宇宙が見せてくれます」で終わる。
アカシックが存在しないならば、アカシック鑑定という商品の中核は消滅する。
しかし、本当に存在するなら、誰が、どんな権限で、なぜ有料で閲覧してよいのかという、重い説明責任が生まれる。
つまり、アカシックがあるから商売が正当になるのではない。
アカシックが実在するほど、アカシック商売の正当性は難しくなるのである。
宇宙の秘密を三万円で教えてもらう前に、宇宙の情報公開条例を一度読ませてほしい。

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