公務員は、ずいぶん殴りやすい存在として扱われている。
窓口や電話で直接クレームを受ける、という話だけではない。
夏や冬に公務員のボーナスが支給されるという記事が出ると、コメント欄には毎回のように、
「税金泥棒」
「民間はボーナスなんて出ない」
「赤字なのに、なぜ公務員に賞与が出るのか」
「仕事もしていないのにもらいすぎだ」
といった言葉が並ぶ。
でも、公務員の「ボーナス」は、企業の業績が良かったから、通常の給与とは別に特別な御褒美が配られている、というものではない。
年間の給与を、12か月分の給料と、期末手当・勤勉手当という形に分けて支給しているだけである。
私としては、賞与をゼロにして、その分を12等分して毎月の給料に加えてもらっても、別に構わない。
むしろ退職手当などは月給を基礎に計算されるのだから、そのほうが有利なのではないか、とすら思う。
ところが、「公務員に平均○十万円のボーナスが支給された」と切り出されると、あたかも公務員が税金の入った箱から臨時収入をつかみ取ったかのような物語になる。
そもそも、公務員の給与は、公務員自身が勝手に決めているわけではない。
給与や手当は条例で定められ、予算として議会の議決を受けなければ支給できない。
市長や議員を選んでいるのは有権者である。
「公務員は税金で食っている」というのであれば、「税金で食わせている」主体もまた有権者ということになる。
有権者が代表者を選び、代表者が給与条例と予算を承認し、その決定に従って給与が支払われる。
それなのに、支給された結果だけを見て、受け取った職員を殴る。
ペットの犬に自分で餌を与えておきながら、
「食いすぎだ、馬鹿野郎」
と犬の頭を殴るような話である。
条例をプログラムのコードに例えるなら、コードを書き、最終的に実行を許可したのは有権者の代表である。
出力された金額に不満があるなら、計算式や給与表、条例、予算の決定過程を見直せばよい。
しかし実際には、コードをデバッグせず、画面に表示された出力結果ばかりを罵倒している。
そして、公務員は概念上の「公僕」ではあるが、市民の奴隷や下僕ではない。
労働条件が悪くなれば、別の自治体や民間企業へ移るだけである。
それは会社員と何も変わらない。
にもかかわらず、
「給与を下げろ」
「人員を減らせ」
「時間外勤務はするな」
「ミスはするな」
「待たせるな」
「災害時にはすぐ来い」
という要求が、同時に投げられる。
私自身、通常は公共交通の仕事をしているが、選挙では投票事務に動員され、国勢調査では調査員となり、今は避難所担当職員にも選ばれている。
避難所運営は、やったことのない事務である。
学校や町会という、普段は面識のない主体との調整が必要になる。マニュアルはあるが、災害時にはイレギュラーがいくらでも起きるだろう。
時間外手当がどのように扱われるのかさえ、よく分からない。
私の同僚の建築主事も、50歳になった今なお、選挙のたびに交通整理や開票事務に動員されている。
一級建築士や建築主事の資格を持ち、特定行政庁の専門的で責任の重い仕事をしている人まで、一般職員と同じ動員要員として扱われる。
地方公務員は、専門性の高い仕事だけをしているわけではない。
採用案内にはあまり書かれない、選挙、災害、統計調査、住民対応などの仕事が、通常業務の外側に大量に付随している。
こうした実態が若い人にも広く知られるようになれば、公務員になりたい人が減っていくのは当然だと思う。
実際、建築職や土木職では、応募者が減り、離職者も増えているという。
資格と経験のある人なら、民間企業のほうが高い給与を得られる。
市役所では、専門資格を持っているからといって大幅に給与が上がるわけではない。それでも、法的責任の重い仕事、住民への説明、議会対応、災害対応まで求められる。
使命感だけで埋められる差ではない。
最近では、国家公務員についても、応募者の減少や若手職員の離職が問題になり、給与や採用方法を見直す動きが出ているという。
人口減少と人手不足が進めば、いずれ小規模な町や村だけでなく、立地や待遇面で人気のない自治体では、職員そのものが集まらなくなるだろう。
住民が減っても、道路、福祉、戸籍、ごみ、建築、防災、公共交通といった行政事務が、同じ割合で消えるわけではない。
人が採れなければ、残った職員に仕事が集中する。
負担が増えれば、さらに人が辞める。
そうして、財政破綻よりも先に、行政を実行する人がいなくなる「人的な行政破綻」が起きるかもしれない。
私は、バス運転士の状況と少し似ているように思う。
バス運転士は長い間、低賃金で、勤務時間が不規則で、責任の重い、いわゆる3Kの仕事として扱われてきた。
利用者は安い運賃で、時間どおりにバスが来ることを当然だと思っていた。
ところが運転士不足によって減便や廃止が相次ぐと、ようやく、
「バス運転士がいなければ、地域の移動は成り立たない」
「社会を支えるエッセンシャルワーカーなのだから、もっと高い賃金を払うべきだ」
という方向へ、職業の評価が変わり始めた。
不足して初めて、その仕事の価値が見える。
地方公務員についても、同じような再評価の流れが来ればよいと思う。
公務員は、税金を消費するだけの存在ではない。
制度を運用し、補助金を獲得し、事業者と交渉し、道路や建物を管理し、災害時には避難所を開け、地域社会を実際に動かすための人的インフラである。
質の高い職員を採用し、育て、定着させることは、ぜいたくではない。
行政サービスの質を維持するための投資である。
公務員を安く使い、何を言っても反論しないサンドバッグとして扱い続ければ、最後に失われるのは公務員の生活だけではない。
市民自身が利用している行政サービスである。
バスがなくなってから運転士の価値に気づくように、市役所の仕事が回らなくなってから職員の価値に気づくのでは、少し遅いのではないかと思う。

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