虚業から追放され「社会貢献ごっこ」に逃げるエリート

――「浪人は人生の糧になる」という物語が取り落としたもの

社会課題やマイノリティは、成功者の人生を飾るための素材ではない。
多様性は、珍しい人たちを並べる棚でもない。

本当に他者と関わるとはどういうことなのか。
「社会貢献」などと言う前に、何を見て、何を聞き、何を習うべきなのか。
今日は、その違和感について書いた。

「今月、26年勤めた外資系企業を解雇された」東大物理学科卒の50代男性が振り返る過去と見据えるこれから」という記事を読んだ。

一浪で東京大学理科二類に合格し、東京大学大学院で物理を学び、外資系資産運用会社に二十六年半勤めた男性の話である。

記事では、浪人、東大、外資金融、部署替え、解雇、そして社会貢献という流れが語られていた。最後には、「浪人の決断や挫折が、後の大きな挫折への耐性を育てる」という教訓が置かれていた。

最初に引っかかったのは、「挫折」という言葉だった。

もちろん、本人にとっては挫折だったのだと思う。現役で東大に行くつもりだった人にとって、一浪は傷になるだろう。長年、自分の専門性を武器に働いてきた人が、突然その専門性を中心から外される。それも本人にとっては、かなり大きな喪失だったはずだ。

けれど、それを一般読者に向けて「挫折」と語るとき、どうしてもズレが生まれる。

一浪で東大。
東大大学院。
外資金融。
二十六年半勤務。
おそらく経済的には十分な余裕。
そのうえでの部署替え、解雇、社会貢献。

これを「挫折」と言われたとき、多くの読者はどう受け止めるのだろうか。

本人の痛みは本物だと思う。
けれど、それは生活の底が抜ける痛みというより、成功者が自分の勝ち筋を失った痛みに近い。

飢えの話というより、宮殿の中で食卓が変わった痛みに近い。

もちろん、宮殿の中にも痛みはある。
ただ、その痛みを「庶民の挫折」と同じ言葉で語るとき、どうしても階層差が見えてしまう。

コメント欄でも、多くの読者はこの人を「挫折した人」とは受け取っていなかったように見えた。外資金融で二十六年半勤めたなら十分に成功者ではないか。経済的には困らないのではないか。むしろ、そこまで残れたこと自体がすごいのではないか。そういう反応が目立っていた。

それは自然な感覚だと思う。

この記事は「浪人から始まる挫折と成長の物語」として書かれている。けれど、読者の多くは、「外資金融で二十六年半生き残った成功者の退場」として読んでいる。その差が、まず大きい。

そして、もう一つ気になったのは、五十歳を過ぎた人物の人生を語る記事なのに、受験の話が妙に濃いことだった。

もちろん、十八歳の浪人時代が本人にとって大きな原体験だったことは分かる。模試、参考書、東大、理科二類、物理。そこに、悔しさや熱気があったのだろう。

ただ、読んでいて、こうも感じた。

この人の人生のタイムラインにおいて、「自分の身体と感情が、最も生々しい摩擦を伴って世界とぶつかった記憶」が、十八歳の浪人時代で止まっているように見えるのではないか。

その後の二十六年半は、記事の中では、どこか抽象化されたゲームのように見える。

外資系資産運用会社。
クウォンツ分析。
市場。
数理モデル。
収益。
評価。

もちろん、実際の外資金融にも、組織の理不尽や人間関係の葛藤はあったはずだ。それを無菌室と決めつけることはできない。

それでも、記事から伝わってくるのは、「生活の手触り」ではなく、「数字の世界で勝ち上がってきた人」の輪郭である。

他人に頭を下げる。
重いものを運ぶ。
理不尽なクレームを受ける。
話が通じない相手と、それでも何とか話す。
制度の狭間に落ちた人の前で、できることとできないことを説明する。
貧困や孤独や老いに触れる。

そうした生活世界の摩擦が、記事の中にはあまり見えてこない。

だから、退職後に突然「社会貢献」が語られたとき、それは尊いことである一方で、どこか急に見える。抽象化されたゲームを降りた人が、初めて生活の側へ入ろうとしているようにも見える。

そのこと自体は悪くない。
むしろ、必要なことかもしれない。

ただ、そのときに、子ども、障害者、セクシャルマイノリティ、高齢者といった切実な現実が、彼の「第三ステージ」の素材として並べられてしまうと、やはり居心地の悪さが残る。

こちらにとっては、それは生活そのものだからである。

さらに、時代の残酷さもある。

かつては、情報を集め、分析し、構造化し、文章にする能力は、それだけで高い専門性だった。けれどAIの登場によって、少なくとも表層的な分析や整理は、専門外の人間でもかなり高い水準まで到達できるようになった。

そうなると、「分析できる人」だけでは足りなくなる。

現場に触れ、人と話し、組織を動かし、他人の痛みや利害の衝突に耐え、自分の専門性を生活の泥に接続できる人でなければ、価値を出し続けるのは難しくなる。

記事には、時代の流れやテクノロジーの発展もあるのでやむを得ないところもあるが、納得はいかなかった、上司の説明は理解できなかった、という趣旨の言葉が出てくる。

けれど、それは本当に「理解できなかった」のだろうか。

記事を読む限り、その「理解できなかった」は、知的に理解できなかったというより、自分がその役割に回されることを受け入れられなかった、という意味に近いようにも見えてしまう。

これまで専門職として評価されてきた人が、五十代になって、別の分析のサポート的な仕事を求められる。それは屈辱だったのかもしれない。しかも、経済的にはある程度余裕がある。であれば、やりたくない仕事をしてまで会社に齧りつく必要もない。

そういう気持ちは分かる。

しかし、それを「上司の説明が理解できなかった」で閉じてしまうと、自分がなぜその役割を求められたのか、なぜ評価が下がったのか、何が時代に合わなくなったのか、という自己分析が見えてこない。

本当に挫折から何かを学ぶ話なら、そこにもっと厚い語りがあるはずだと思う。

会社は何を求めていたのか。
自分は何を拒んだのか。
自分の専門性はどこまで通用し、どこから通用しなくなったのか。
人間関係や組織内での振る舞いに問題はなかったのか。

そうした問いが見えないまま、話は社会貢献へ移る。

だから、記事末尾の「浪人の決断や挫折が、後の大きな挫折への耐性を育てる」という教訓には、どうしても違和感が残る。

この記事から見えるのは、挫折への耐性というより、挫折を正面から見ないまま、次の評価軸へ移動している姿ではないか。

受験で傷ついた。
東大で回復した。
外資金融で勝った。
会社で否認された。
そして今度は、社会貢献で自分を支えようとしている。

その流れを「成長」と呼ぶことはできるのかもしれない。けれど、もしその内側にある空虚さや、解雇された理由への自己分析や、他者の現実に触れる怖さが語られないままなら、それは挫折への耐性ではなく、挫折から目を逸らすための新しい履歴書にも見えてしまう。

ただし、ここで注意しなければならないことがある。

この記事を書いた濱井正吾氏は、教育系ライターであり、自身にも多浪経験があり、「浪人経験を人生にとって肯定的に捉える」趣旨の記事をシリーズで書いているらしい。

そう考えると、記事末尾の教訓は、玉井さんの人生から自然に立ち上がった結論というより、筆者が最初から持っていた「浪人は人生の糧になる」という物語に、玉井さんの経験を回収したものにも見えてくる。

つまり、玉井さん本人が空虚なのではなく、記事が玉井さんの深いところまで潜れていないのかもしれない。

本当なら、もっと聞けたはずだ。

解雇の具体的な理由を、本人はどう分析しているのか。
会社側は何を求めていたと思うのか。
当時の自分に、いま助言するとしたら何と言うのか。
女装は本人にとって何なのか。
趣味なのか、癒しなのか、自己表現なのか、男性役割からの解放なのか。
社会貢献の現場で、何に戸惑い、何に傷つき、何を学んだのか。

「友達と幸せになりたい」と言うとき、その幸せとは何なのか。

そこまで聞けていたら、まったく違う記事になったのではないか。

しかし記事は、そこへ行かず、受験の話に長く留まる。浪人の話、東大の話、勉強法の話、外資金融の話、解雇の話。そして最後に、社会貢献が置かれる。

その社会貢献の書かれ方にも、私は引っかかった。

記事では、会社員として働くこと、収入を得ることの先に、社会貢献という第三ステージが置かれている。

けれど、そもそも彼が二十六年半してきたクウォンツ分析も、社会の中の仕事だったはずである。

資産運用が社会にとってどのような意味を持つのかについては、さまざまな評価があり得る。それでも、顧客資産を運用し、会社に利益をもたらし、その対価として給与を得ていた以上、それは社会の一部を担う仕事だったはずだ。

会社勤めは社会貢献ではなく、NPOやマイノリティ支援だけが社会貢献であるかのように語るなら、それは少し浅い。

本当は、「職業を通じた社会への貢献」から、「地域や福祉や権利の領域への市民的な関わり」へ移ろうとしている、と書くべきだったのだと思う。

しかし「学歴、収入を超えた第3ステージ」と言われると、社会貢献が、どこかパッケージ化された善行のように見えてしまう。

記事には、NPO法人の会員として、企業が廃棄するパソコンをリサイクルして子どもたちに届ける活動に参画している、とある。

けれど、「会員として参画」とは何を意味するのか。

職員として働いているのか。
理事なのか。
正会員として法人運営に関わっているのか。
寄付者なのか。
企業から使用済みPCをつなぐ役割なのか。
あるいは、年会費を払って活動を支えているという意味なのか。

もちろん、会費や寄付で支えることも立派な社会貢献である。
だが、それならそれで、そう書けばよい。

現場に継続的に関わっているのか、資金や人脈で支えているのか、法人の意思決定に参加しているのかによって、「社会貢献」の意味はかなり違う。

そこが曖昧なまま「子どもたちに届ける活動に参画」と書かれると、読者は実際よりも深い関与を想像してしまう可能性がある。

また、「世間的に差別を受けている障害のある人、多様性の観点からセクシャルマイノリティの人たちの社会的な認知を高める活動に参画」という表現も、よく分からない。

どの団体で、どのような立場で、何をしているのか。
イベントに参加しているのか。
寄付しているのか。
運営に関わっているのか。
発信しているのか。
当事者の話を聞いているのか。
制度改善に関わっているのか。

そこが書かれていない。

「障害のある人」と「セクシャルマイノリティ」は、どちらも差別や偏見の問題を抱え得るが、その困難の構造はまったく同じではない。にもかかわらず、記事ではそれらが「社会的認知を高める活動」という大きな袋に入れられている。

その袋の名前が、おそらく「社会貢献」であり「多様性」なのだろう。

けれど、袋の名前が大きいほど、中に入れられた人たちの具体的な生活は見えにくくなる。

読んでいて、どこか就職活動の面接で学生が「ボランティアも経験しました」と答えるときのような、取って付けた印象も受けた。

もちろん、実際に活動していること自体は尊い。
だが、そこで何を見て、何に傷つき、何に迷い、どのように継続しているのかが語られないまま、社会貢献の項目だけが並ぶと、それは現場から立ち上がった言葉というより、人生後半の自己PRのように響いてしまう。

私は、社会貢献そのものを否定したいわけではない。

ただ、この記事の語り方には、「自分が評価されるためのデコレーション」として、社会課題やマイノリティが都合よく使われているような気配を感じた。

「学歴、収入を超えた第3のステージ」と言う。
けれど、本当に超えているのだろうか。

東大に入った自分。
外資金融で稼いだ自分。
そして今度は、社会貢献をする自分。

評価軸が変わっただけで、「他者から評価される自分」というピラミッドからは、一歩も降りていないようにも見える。

「外資金融で稼げる私」という履歴書が通用しにくくなったあと、今度は「多様性を理解し、社会貢献する優しい私」という新しい履歴書を、世間という面接官に向かって提出している。

そんなふうに読めてしまう。

だからこそ、子ども、障害者、セクシャルマイノリティ、高齢者、女装、友達という言葉が並んだとき、私は落ち着かなくなる。

こちらにとっては、生存や制度や生活の問題である。
しかし記事の中では、それが「第3ステージ」の見栄えを整えるための飾りのように見えてしまう。

本当は、私は別の言葉を読みたかったのかもしれない。

「働きづめで、社会貢献なんて考えてこなかった」
「退職したあと、アイデンティティとして何も残っていないことに気づいた」
「外資金融という肩書きも、収入も、専門性も、自分を支えていたけれど、それが外れたとき、自分が何者なのか分からなくなった」

もしそう語られていたなら、私はむしろ深く納得したと思う。

五十代で会社から放り出される。
これまでの評価軸が通用しなくなる。
自分の中に、仕事以外の言葉があまり残っていないことに気づく。

それは、とても切実なことだ。

そこから、地域やNPOや友人関係に少しずつ関わり始める。社会貢献というより、自分の空虚さを抱えながら、生活の手触りを取り戻そうとする。

そういう話なら、私は読みたかった。

しかし記事では、その空虚さに正面から降りていかない。寄付をする。活動に参画する。多様性に関わる。友達と幸せになりたいと言う。

それらは悪いことではない。
けれど、本人の空虚さを埋める前に、履歴書を華やかにする言葉として並んでいるように見えてしまう。

だから、「人生の先輩」の言葉としては、少し軽く響く。

特に強く違和感があったのは、「女装」という情報の扱いだった。

記事全体は「良いこと」「社会貢献」「多様性」という顔をしている。
しかし、その中で「女装」という情報だけが、妙に高解像度で差し込まれている。

東大。
外資金融。
解雇。
社会貢献。
そこに「女装」が入る。

すると、読者の目は止まる。

それは記事のフックとしては強い。
ページビューを稼ぐためのスパイスとしては、たしかに効くのだと思う。

けれど、それは本当に本人の社会貢献を理解するために必要な情報だったのだろうか。

むしろ、女装という記号が、「多様性っぽさ」を演出するためのスパイスとして使われているように見えた。

多様性を尊重しているようでいて、実際には、マイノリティの記号を多数派の読者が消費しやすい形に加工している。

それは、露骨な差別的嘲笑ではない。
むしろ、善意や美談の顔をしている。

けれど、だからこそ厄介だ。

「多様性を尊重しましょう」というポーズを取りながら、実際には「東大卒の外資金融エリートが女装もする」という刺激的な情報を、読者に向けた見世物として差し出しているように見えてしまう。

記事から分かるのは、玉井さんが「女装をすることもある」と語っていることだけである。
それだけでは、玉井さんがセクシャルマイノリティ当事者であるとは言えない。

女装は、基本的には性表現や自己表現、装いの問題である。
性的指向や性自認とは別の論点である。

だからこそ、「女装」と「セクシャルマイノリティ支援」が近接して置かれることに、私は違和感を覚える。

もし彼がセクシャルマイノリティではなく、女装という性表現をする人であるなら、女装とセクシャルマイノリティ支援を近接させること自体がかなり雑である。

一方で、仮に彼自身がセクシャルマイノリティ当事者でもあるのだとしたら、別の疑問が生まれる。

なぜ、そのことは「友達」や「そういう人たちとのネットワーク」という曖昧な言葉で濁されるのか。

もちろん、誰にも自分の属性を公表する義務はない。カミングアウトにはリスクがあるし、語らない自由は守られるべきである。

しかし、セクシャルマイノリティの認知向上に関わると語るなら、自分は当事者として語るのか、支援者として語るのか、近接する性表現の経験から関心を持った人として語るのか、その立場は重要である。

そこが曖昧なまま、支援される側だけが「セクシャルマイノリティ」と名づけられ、本人は「友達」「ネットワーク」「女装」という柔らかい言葉の中に留まる。

そのとき、私は奇妙な非対称性を感じる。

救われる側にはラベルが貼られる。
しかし、救う側の自分はラベルの外側に立つ。

それは、本当に共にいる態度なのだろうか。
それとも、安全圏から「多様性」に関わる態度なのだろうか。

そもそも、男性同性愛者とは「男性一般が好きな男性」ではない。恋愛や性的関心が、男性に向く人である。もっと日常の感覚に近づければ、「好きになる相手が男性である人」だ。

異性愛男性が女性なら誰でも好きなわけではないように、同性愛男性も男性なら誰でも好きなわけではない。

それなのに、雑な言葉でくくると、ノンケ男性の中に「自分も狙われるのでは」という偏見が生まれる。そして、それに対して「誰もあんたみたいなの好きじゃないから」という、お決まりの笑いが生まれる。

笑いとしては分かる。
でも、本当はその前提自体が歪んでいる。

異性装界隈と、男性同性愛者の世界は、重なることもある。
しかし、同じではない。

ただ、ここで誤解したくないことがある。

「多様性のスパイス化」や「見世物化」への違和感は、マイノリティ自身が可視化のために選んできた表現を否定するものではない。

性的少数者も、障害のある人も、おそらく昔からこの違和感を感じてきたのだと思う。

分かりやすい記号にされること。
かわいそうな存在として語られること。
面白い人、派手な人、特別な人として消費されること。

その居心地の悪さを、当事者たちはずっと知っていたはずだ。

それでも、無いことにされるよりはましだった。

道化としてでも、みじめな役としてでも、異物としてでも、多数派の視界に入らなければ、制度も世論も動かなかった。存在していることにすら気づかれなければ、困っていることも、傷ついていることも、権利を奪われていることも、社会問題にならなかった。

だから、派手な表象や、分かりやすい記号や、メディアに乗りやすい姿は、単なる消費物ではない。

それは、存在を消されてきた人たちが、なんとか社会の視界に入るために選んできた、苦い戦略でもあった。

問題は、その戦略を、多数派の側がいつまでも都合よく消費し続けることだ。

可視化のために差し出された記号を、理解の入口として使うのではなく、そこで満足してしまうこと。
「こういう人たちがいるんだね」と眺めるだけで、制度や生活の問題に進まないこと。
道化として現れざるを得なかった人たちを、いつまでも道化の位置に留めてしまうこと。

私が嫌なのは、可視化そのものではない。

可視化のために支払われた痛みを、多数派が娯楽や美談として消費し、そこで思考停止することなのだ。

私は、多様性という言葉にも同じ危うさを感じる。

本来、多様性とは、異性愛者も、同性愛者も、両性愛者も、無性愛者も、すべて含めた社会全体の性質だったはずだ。性自認や性表現のグラデーションも含め、人間社会は「そもそも多様である」という、ただそれだけの話だったはずだ。

ところが、現実の使われ方では、いつのまにか、

普通の人

多様性枠の人

に分かれてしまっている。

異性愛者は「普通」の側に置かれ、異性愛者以外が「多様性」と呼ばれる。多数派は名付けられず、少数派だけが名付けられる。多数派は説明しなくてよく、少数派だけが説明を求められる。

これは包摂の言葉を使いながら、実は分類を固定しているのではないか。

分類には、必要な分類がある。

法制度を変えるため。
支援を届けるため。
差別を可視化するため。
統計を取るため。
相談窓口を設計するため。

そのためには、性的指向、性自認、障害、貧困といった分類が必要になる。

それは実務を進めるための分類設計である。

しかし、世間で使われる「多様性枠」は、それとは違うことが多い。

それは支援を設計するためではなく、多数派が「自分たちは普通の側にいる」と安心するためのラベリングになっている。

あの人たちはLGBTQ+。
あの人たちは多様性。
あの人たちは配慮対象。
そして、自分たちは普通。

そういう棚分けである。

この棚分けは、理解ではない。
むしろ、思考停止に近い。

「多様性」という言葉は、しばしばマイノリティを自由にするのではなく、多数派が安心して眺めるための陳列棚になる。

ここで、最後に置かれた「周囲の友達と一緒に幸せになりたい」という言葉に戻る。

この言葉にも、私は妙な引っかかりを覚えた。

もちろん、友達という言葉そのものが浅いわけではない。血縁や婚姻制度の外に、自分で選び取った関係性を築くことは、ときに深い意味を持つ。

だから、「友達と幸せになりたい」という言葉自体を否定したいわけではない。

ただ、この記事からは、その「友達」がどのような関係なのかが見えてこない。

飲み歩きの知人なのか。
女装を通じたネットワークなのか。
地域の仲間なのか。
支え合う共同体なのか。
老いをともに引き受ける関係なのか。

そこが分からないまま、「友達と幸せになりたい」と言われると、その言葉は急に抽象的になる。

さらに、「幸せになりたい」という言葉も同じである。
「なりたい」と言う以上、今はまだ幸せではないのだろう。

けれど、何をもって幸せと感じるのか。
何がこれまで欠けていたのか。
なぜ、学歴でも収入でもなく、社会貢献が幸せに接続するのか。

その内面の輪郭が、記事からは見えてこない。

大きな流れとして見ると、この記事には奇妙な並びがある。

東大を出た。
外資金融で長年働いた。
経済的余裕ができた。
退職後には社会貢献をしたい。
周囲の友達と一緒に幸せになりたい。

一見すると、学歴、収入、社会貢献へと進む、成熟した人生のように見える。

しかし、よく読むと、主語がずっと「私」のままである。

私が東大に入った。
私が外資金融で働いた。
私が経済的に余裕を得た。
私が社会貢献をしたい。
私が友達と幸せになりたい。

社会貢献にも、友達にも、本来は強い他者性があるはずだ。

社会貢献とは、「私が良いことをしたい」という話では終わらない。
相手は何に困っているのか。
何を望んでいるのか。
自分の善意は、相手にとって本当に必要なのか。
自分が関わることで、相手の現実を助けるのか、それとも自分の物語を押しつけるだけなのか。

そこが問われなければならない。

「友達と幸せになりたい」という言葉も同じである。
その友達は、何を幸せと感じているのか。
自分と同じ未来を望んでいるのか。
その関係は、飲み仲間なのか、女装を通じたネットワークなのか、地域の仲間なのか、老いをともに引き受ける共同体なのか。

それが見えないまま、「友達と幸せになりたい」と言われると、友達ですら、自分の幸せを完成させるための登場人物のように見えてしまう。

もちろん、実際にそうだと断定したいわけではない。
しかし、記事の語り方はそう読ませてしまう。

社会貢献も、友達も、本来は他者へ開かれるための言葉である。
けれどこの記事では、それらが「私の人生後半を意味づけるための言葉」として置かれているように見える。

そこに、私は軽さを感じた。

本当に必要だったのは、「社会貢献」という新しい肩書きではなく、肩書きが効かない場所にしばらく身を置くことだったのではないか。

子どもを救う。
障害者を支援する。
セクシャルマイノリティの認知を高める。

そう言う前に、まず椅子を並べる。荷物を運ぶ。名簿を整理する。話を聞く。黙っている。自分の意見を言う前に、現場の人がなぜ疲れているのかを見る。

現実の泥臭さとは、感動的な社会課題のことではない。

約束の時間に人が来ないこと。
連絡が取れないこと。
同じ説明を何度もすること。
制度では助けられない人がいること。
善意の人同士が揉めること。
正しい言葉が届かないこと。
それでも翌日また椅子を並べること。

そこに身を置かないまま、マイノリティや弱者を「社会貢献」の棚に並べると、現実に触れたようで、実はまた抽象化されたゲームに戻ってしまう。

もちろん、玉井さん本人を責めたいわけではない。退職後の人生を模索する中で、さまざまな活動に関わり始めているのだと思う。それは素晴らしいことだ。

問題は、その語られ方である。

「浪人から社会貢献へ」というきれいな物語にするために、子ども、障害者、セクシャルマイノリティ、高齢者、女装、地域のつながりが、まとめて「社会貢献っぽいもの」として置かれている。

その中で、「女装」という情報だけが妙に高解像度で出てくる。記事全体がそこまで丁寧に掘られていないなら、その情報は不要だったのではないかと思う。

入れるなら、きちんと書くべきだった。

女装は性表現の話であり、性的指向とは別である。
セクシャルマイノリティ支援とは重なる場合もあるが、同一ではない。
本人がその接点から何を見たのか、何を問題だと思ったのか。
そこまで書くべきだった。

そうでないなら、それは「多様性の尊重」ではなく、「多様性のスパイス化」である。

善意は大切だ。
支援も大切だ。
社会貢献も大切だ。
可視化も大切だ。
分類も、ときには必要である。

けれど、支援される側、語られる側、分類される側には、それぞれの複雑な現実がある。

社会貢献という大きな言葉で、そこをならしてはいけない。
多様性というやさしい言葉で、普通と多様性枠を作ってはいけない。
女装と同性愛を、雑に同じ箱に入れてはいけない。
パレードに出る当事者だけを、当事者の代表にしてはいけない。

私が嫌なのは、マイノリティが語られることではない。
語られ方が、いつも多数派にとって分かりやすく、消費しやすく、安心しやすい形に整えられてしまうことだ。

本当に偏見を減らすためには、まとめることではなく、分けて見ることから始まるのだと思う。

そして、本当に多様性を尊重するということは、マイノリティを「多様性枠」という陳列棚に並べることではない。

その人が、その人自身の生活の中で、
わざわざ分類されなくても、
説明し続けなくても、
見世物にされなくても、
普通に存在できるようにすることなのだと思う。

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