今日は、少し変な天気だった。
午前中は土砂降りで、外が白くなるくらいの雨。
それが昼には止んで、少しだけ晴れ間が出て、
夕方にはまた、思い出したみたいにパラパラと降り始めた。
そのあと、ふと外を見ると、
エルザタワーの横に、濃い虹が立っていた。
空はまだ重たい雲のままで、
晴れたというより、ただ一部だけ光が差している。
それでも、ちゃんと色は出ていた。
本棚にある本って、なんでか捨てられない。
別に何度も読み返しているわけでもないし、
正直、ほとんど読んでいない本もある。
でも、手放せない。
不思議だなと思っていたけど、最近少しだけ分かってきた。
あれは本じゃなくて、
「そのときの自分」が入っているんだと思う。
バドミントンが上手くなりたいと思っていた時期の自分。
健康に不安を感じていた時期の自分。
スピリチュアルに惹かれて、世界の仕組みを知りたいと思っていた自分。
どの本も、「そのときの自分を抜け出したい」という願いで買っている。
読んだから変わる、というより、
買った時点で少しだけ変わっている。
方向だけは、もう決まっている。
だから、本棚は知識のストックじゃなくて、
「一度触れた世界の痕跡」みたいなものだと思う。
そう考えると、
読んでいないことを責める必要もなくなる。
あの本はもう役割を終えているのかもしれないし、
いつかまた必要になるのかもしれない。
どちらでもいい。
そしてふと思った。
ああいう「一度熱中して、急に冷める」という感覚って、
本だけじゃないな、と。
例えばバドミントン。
週に何度も練習して、試合にも出て、
それなりに結果も出していた時期があった。
でも今は、もうほとんどやりたいと思わない。
あんなに好きだったのに、
なぜあんなに熱中していたのかも、少し分からなくなっている。
最初は「飽きたのかな」と思っていたけど、
たぶん違う。
終わっただけなんだと思う。
成長の余白が見えなくなって、
身体のリスクも増えて、
周りの人たちの生活のフェーズも変わっていく。
そして決定的だったのは、
一緒にやっていた人との関係が切れたこと。
あのとき、グループLINEに「行けなくなります」と書いたら、
返ってきたのは小さなスタンプだけだった。
少しだけ言葉が欲しかった気もするけど、
同時に、あれでよかったとも思う。
あの場は、そういう場だったのだと思う。
振り返ると、自分はいつもそうだ。
深く入って、
気づいたら違和感が出て、
あるところでスッと抜ける。
昔はそれを「飽きっぽい」とか「冷めやすい」と思っていたけど、
今は少し見え方が違う。
たぶんこれは、
何かを途中で投げているわけじゃなくて、
「その世界の役割が終わった」ときに降りているだけなんだと思う。
本棚も同じだ。
読んでいない本が並んでいるように見えるけど、
本当は、自分が通ってきた世界が並んでいる。
だから、捨てられないのかもしれない。
空はまだ曇っている。
完全に晴れたわけでもないし、
また雨が降るかもしれない。
それでも、
あの虹は、ちゃんとそこに出ていた。
もしかしたらまた何かにハマる時期が来るのかもしれないし、
来ないのかもしれない。
でもたぶんどっちでもいい。
世界は棚みたいに並んでいるようでいて、
本当は、ただその都度、現れては消えているだけなのかもしれない。
本も、バドミントンも、
あの時の熱も、
今日の雨も、虹も、
ただ起きて、
少し触れたような気がして、
そして、過ぎていく。
残っても、残らなくても。
たぶん、それで十分なんだと思う。

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