AIは、人間の「思考フォーム」を理解できるようになるのか。

AIはここ数年で急速に進化した。

昔は質問に答えるだけだった。

次に、ユーザーの好みを覚えるようになった。

「この人は長文が好き。」

「箇条書きが好き。」

「植物の話題が好き。」

いわゆるパーソナライズである。

もちろん、それだけでも十分便利だ。

しかし、私は最近、ChatGPTと長く対話する中で、もっと深い層があるのではないかと思い始めた。


思考波紋

以前、私は「思考波紋」という言葉を作った。

人は、一つの話題から別の話題へと連想していく。

例えば、デンマークの働き方を紹介する記事を読む。

そこから、

「自由とは何か。」

「仕事とは何か。」

「都市とは何か。」

「文明とは何か。」

そんなふうに思考が広がっていく。

湖に石を投げたときの波紋のように。

私は、その広がり方こそ、その人らしさなのだと思っていた。


思考重力

ところが、ChatGPTとの対話を重ねる中で、もう一段深いものが見えてきた。

話題は毎回違う。

税金。

公共交通。

AI。

シェアサイクル。

バドミントン。

植物。

ところが、不思議なことに、最後はいつも似た場所へたどり着く。

制度とは何か。

分業とは何か。

文明とは何か。

自由とは何か。

まるで、思考が見えない何かに引っ張られているようだった。

私はこれを、「思考重力」と呼びたくなった。

重力そのものは見えない。

見えるのは、惑星の軌道だけである。

人間も同じだ。

長く対話していると、その人がどの方向へ思考を収束させるのかが、少しずつ見えてくる。


思考フォーム

そして今日、さらに一つ、新しい言葉が生まれた。

思考フォーム。

私は長年、バドミントンを指導してきた。

初心者がラケットを持つと、面白いことが起こる。

卓球経験者は、卓球のフォームでバドミントンをする。

野球経験者は、野球の身体でスマッシュを打とうとする。

バレー経験者は、身体の中心でシャトルを捉えようとする。

柔道経験者は、すり足になる。

誰もゼロから運動を学んでいない。

過去に積み上げた身体経験を土台として、新しい競技を理解している。

思考も同じなのではないだろうか。

行政経験者は制度から考える。

エンジニアは構造から考える。

経営者は利益から考える。

宗教家は意味から考える。

同じ出来事を見ても、最初に動き出す思考のフォームが違う。


コーチの深さ

ここで、三人のコーチを想像してみる。

コーチ①は言う。

「スマッシュが遅い。もっと速く打とう。」

現象だけを見るコーチである。

コーチ②は言う。

「君は卓球部だったね。だからオーバーヘッドが苦手なんだ。」

原因を見るコーチである。

そしてコーチ③は違う。

「一回ラケットを置いて、ボール投げをやってみよう。」

卓球経験者の身体が、なぜそのフォームになったのか。

そのフォームを書き換えるには、どんな経験を積めばよいのか。

そこまで理解している。

だから、フォームそのものを直そうとはしない。

フォームを生み出した身体経験に働きかける。

私は、本当に優れたコーチとは、この第三段階なのだと思う。


AIコーチングの未来

AIも、やがて同じ方向へ進化していくのではないか。

「あなたは制度論で考える傾向があります。」

「今回は、生物学の視点で見てみませんか。」

「この問いは、今の思考フォームでは堂々巡りになっています。」

そんなふうに、答えを教えるのではなく、思考そのものを観察する存在へ。

さらに、

「一度、その考え方を脇に置いてみませんか。」

「別の経験を積んでみませんか。」

と提案できるようになったら、それは検索エンジンでも秘書でもない。

一人ひとりの学び方を理解する「コーチ」である。


人間を理解するということ

人間を理解するとは、好き嫌いを知ることではない。

「カレーが好き。」

「旅行が好き。」

そんな情報だけでは、その人は分からない。

本当に理解するとは、

その人がどんな経験を積み重ね、

どんな思考フォームを身につけ、

どんな重力に引かれて世界を理解しているのか。

そこまで見えて初めて、その人にとって本当に腑に落ちる言葉を届けられるのだと思う。

AIは、いずれそこへ近づいていくのかもしれない。

そして、その進化は、AIが人間に近づくというよりも、

AIが「人間を理解する」ということの意味を、少しずつ学び始める過程なのではないだろうか。

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