岡村ゆり子市長と岡本さゆり市議――選挙でも、ときどき人間は「ひざ」と答えているのかもしれない。

たっくん日記

「ピザって10回言って」

ピザ、ピザ、ピザ、ピザ、ピザ……。

「じゃあ、ここは?」

肘を指されているのに、つい「ひざ!」と言ってしまう。有名な10回クイズだ。2月の川口市長選と、同じ日にあった市議補欠選挙を思い返していたら、選挙でもこれに似たことが起きたんじゃないか、と思えてきた。

市長選で当選したのは岡村ゆり子さん。同じ日の市議補選で当選した一人が、岡本さゆりさんだ。岡本さんは当選後、SNSでの発信がたびたび話題になり、ネットでは「川口市民は、なんでこの人を当選させたの?」という声もよく見かける。川口に住んでいる身としては、それに一つ、こういう見方もあるんじゃないかと言ってみたくなった。

並べてみる。

岡村ゆり子。

岡本さゆり。

オカムラユリコ… オカモトサユリ…

……似ている。

姓はどちらも「オカ」で始まり、名前には「ユリ」が入る。しかも、どちらも比較的若い女性の政治家だ。

市長選の岡村さんは、もともと知名度が高かった。一方、市議補選のほうはかなり注目度が低かった。行きつけの散髪屋さんも、「『補欠選挙って何?』って言うお客さん、多いよ」と言っていた。数字にもそれは出ていて、投票率は市長選とほとんど同じなのに、無効票は市長選の2,378票に対して、補選では14,300票あった。何も書かれなかったり、何か書かれていても有効票にならなかったりした票が、補選では約1万2千票多かったことになる。

市長選では岡村ゆり子さんに入れに来たけれど、補選の候補者はよく知らない。そういう人も、それなりにいたはずだ。そこへ「岡本さゆり」という名前が現れる。10回クイズほど単純ではないにしても、直前まで頭の中にあった「岡村ゆり子」に引っ張られて、「岡本さゆり」になんとなく親しみを覚えた人はいなかっただろうか。

人間は、文字を一字ずつ機械のように読んでいるわけではない。「こんちには みさなん おんげき ですか?」と書かれていても、私たちはなんとなく「こんにちは、みなさん、お元気ですか?」と読めてしまう。俗にいうタイポグリセミアだ。こうした文字の入れ替えは、最初と最後が保たれ、文脈があると、かなり崩れていても読めてしまうことがある。逆に頭が入れ替わると、途端に別の言葉に見えたりする。「みなさん」の頭を入れ替えたら「なみさん」で、もう知らない人の名前だ。

名前でも、今回のようなケースでは、頭の音が同じことが混同を強めている気がする。たとえば原田さんと木原さんは、同じ「原」の字を持っていても、頭の音が違うのであまり混ざらない。岡村さんと岡本さんは、頭の「オカ」が同じだから混ざりやすい。ど忘れしたときでも、最初の音だけは思い出せたりするものだ。

ちなみに補選には、名前に「岡」と「ゆ」「り」が入った候補がもう一人いた。木岡ゆかりさんだ。ただ、木岡さんは任期途中で亡くなった木岡崇市議の奥さんで、少なくとも木岡市議を知っていた人の頭には、すでに「キオカ議員」という引き出しがあった。そのうえ頭の音は「キ」で、「オカなんとか」の形にそもそも当てはまらない。すでに引き出しのある名前は、ほかの名前と混ざりにくいのだと思う。混ざるのは、まだ置き場所のない新しい名前のほうで、それがいちばん近くにある有名な名前に引っ張られていく。

実際、私自身、この二人の話をしているうちに、何度も「岡村さゆり」と二人の名前が合体した謎の人物を登場させてしまった。先日も、近所を走っていた街宣車が「岡本さゆり」と言っているのを聞いて、一緒にいた人は「あ、市長が批判されてる」と受け取った。私が「市長はオカムラユリコで、今のはオカモトサユリ!」と何度説明しても、しばらく混ざる。文字にして落ち着いて比べれば別人なのに、頭の中では案外、「川口の、若い女性の政治家で、岡なんとか、ユリなんとか」くらいの粗い情報に圧縮されているのかもしれない。

しかも補選の選挙公報では、岡本さんはいちばん上の、いちばん目に入りやすい位置に載っていた。

名前が似ていた。年齢や性別も近かった。市長選と補選が同じ日になった。補選への関心が低い状況まで重なった。そして公報では、くじで最初の位置になった。どれも、二人を似せるために誰かが仕組んだことではない。

もちろん、これで岡本さんの当選を説明できるわけではない。24,154票の多くは、岡本さんの訴えや活動を見て、岡本さんを選んで書かれた票だろう。票にはいくらでも理由がある。それでも、似ていたことが何票かには影響したのでは、という疑問は残る。

補選は13人で3議席を争い、岡本さんは3位だった。4位との差は1,666票で、補選の有効票全体の1%にも届かない。この差が名前の類似で生まれたのかどうかは、分からない。ただ、「そんな影響は絶対にゼロだ」と言い切るには、少し気になる数字ではある。

そんなことを考えていて、ユリズイセンという花を思い出した。花屋でよく見るアルストロメリアの和名で、私も今回はじめて知ったのだけど、名前に「ユリ」と入っていて、見た目もユリによく似ているのに、ユリそのものではない。もちろん花の側に、ユリに似せてやろうという意図はない。たまたまそういう姿と名前に生まれついただけだ。ただ、ユリを摘みに来た人の目の前に、ユリによく似た花が、いちばん手を伸ばしやすい場所にちょこんと咲いていた。遠くから見れば「これもユリかな?」と思う。近づいてよく見れば、別の花だった。

選挙というのは、有権者全員が候補者の政策や人柄を細かく比べて決める、というほど整然としたものではない。名前や顔、年齢、性別、並び順、なんとなく聞いたことがある気がするという感覚、そういう人間の認知の小さな癖も、最後にはすべて同じ「1票」になる。大きな意図がなくても、小さな偶然が同じ方向にいくつも重なることがある。私には、そのことのほうがなんだか面白い。

「ピザ、ピザ、ピザ……ここは?」

選挙でも、ときどき人間は「ひざ」と答えているのかもしれない。

ただ、10回クイズは、種を知ってしまえば二度目には引っかからない。次の市議選のころには、岡本さんの名前にも、良くも悪くも自分の引き出しができているだろう。そのとき川口の人たちがどんな名前を書くのか。それはもう、「ひざ」とは言えない答えになるはずだ。

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