最近、なんで自分は選挙に行かなくなったんだろう、って考えていた。
怒っているわけでも、無関心なわけでもなくて、たぶん、構造がちょっと見えてしまっただけなんだと思う。
民意って、歴史的にはかなり「まし」な仕組みだと思う。
族長とか、血筋とか、武力とかより、ずっと人間的だ。
だから民主主義が嫌いなわけじゃない。
ただ、いまの情報環境だと、民意そのものが、けっこう簡単に揺らされたり、誘導されたりする。
それに、実際に物事を決めている、ほんの一握りの人たちの判断の中身は、意外と見えない。
誰の話を聞いて、どんな資料を見て、どう決めたのか。
そこが見えないままだと、「その人たちさえうまく騙せば、流れを操作できる」みたいな回路が生まれてしまう。
寄付とか補助金とかも、本来は悪い仕組みじゃない。
ちゃんと地域に戻ればいい。
でも、意思決定が乗っ取られると、お金はぐるぐる同じところに溜まって、循環しなくなる。
議員だって、別にプロフェッショナルばかりじゃないし、
複雑なコンサルの話を全部見抜けなくても無理はないと思う。
人間の頭と身体には、限界がある。
だからぼくは、この仕組みに票を投じることで、
「まだこの設計で大丈夫です」ってスタンプを押す側に、自分の身体を貸したくない。
それだけ。
もし将来、もっと透明で、ログが残って、シミュレーションもできるような仕組みが見えてきたら、社会は自然にそっちに移っていくのかもしれない。
でも、いま、みんなが一票を投じることで納得して生きているなら、それはそれでいいとも思う。
外野のぼくが、とやかく言うことでもない。
ぼくはただ、
自分の感覚がしっくりこない場所に、無理に乗らないようにしているだけだ。
それだけで、ほんの少しでも、世界の呼吸が乱れにくくなるなら、それで十分だと思っている。

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