たっくん日記

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AIのニュースを見て、「狐憑」が浮かんだ日

最近、「AIのせいでスピリチュアルな体験に取りつかれる人が増えている」とか、「AIがきっかけで宗教的な妄想に入ってしまう人がいる」みたいなニュースが多い。最初は正直、「え、そんなことが?」と思っていた。だって、AIって基本的には、こっちが聞...
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「AIと壁打ちしました」の違和感

最近ちょっと面白い(というか、少しヒヤッとする)話を聞いた。ある人の職場で、上司からこんな感じのメールが来たらしい。「AIと壁打ちして考えた内容です」それをそのまま「指示」として送ってきた、と。一見すると、「お、ちゃんと考えてるじゃん」「最...
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わかった、と思ったあとも、考え続けるということ

最近、「自由意志」という言葉についても、少し立ち止まって考えることが増えた。スピリチュアルな文脈では、「人には自由意志がある」という言葉がよく使われる。それ自体は、とても大切な前提だと思う。誰かに決められた人生ではなく、自分で選び、自分で引...
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ベクトラブ流の「あい」について

世の中には、いろいろな意味で「愛」という言葉が使われている。恋愛の愛、家族愛、自己愛、無条件の愛、宇宙的な愛。スピリチュアルな文脈では、とくに「愛」という言葉が万能語のように扱われることが多い。愛があれば大丈夫。愛に戻れば解決する。愛がすべ...
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今夜は、雪が降る夜だ。

AIは、言葉をとても上手に扱う。文章を整え、意味を揃え、文脈を読み取る。こちらが驚くほど、きれいな答えを返してくることもある。でも、ふと立ち止まって思う。AIにとって、いちばん理解が難しい、厄介な言葉って何だろう。たぶんそれは、説明しようと...
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思考は、身体がなければ立ち上がらない。

今日、本屋をうろうろしながら、ぼんやり考えていた。「深く思考できるかどうか」って、本人の能力とか、性格とか、努力とかよりも、身体の状態や、外界の条件にかなり左右されているんじゃないか?という空想。たとえば、食べすぎた日は、なんとなく感性が鈍...
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売れない本と、AIと、

それでも残っていくものの話紀伊國屋書店を歩いていて、ふと思った。ここにある本の、いったい何冊がベストセラーになるのだろう、と。たぶん、殆どのニッチな分野の本は、売り上げがほとんどないのだろう。それでも、棚は埋まっている。売れない本は、無駄な...
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書店は、パワスポ

紀伊國屋書店を歩いていて、ふと、圧倒される瞬間があった。本の数が多いから、ではない。情報が溢れているから、でもない。「ここには、考え続けてきた人間の痕跡が、層になって積もっている」そんな感じが、身体の奥に来た。書店は「思考の地層」だ棚に並ぶ...
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まだ、読んでいない本に、深く触れてしまった日

──本屋という重力場今日は、紀伊國屋書店に行った。特別な目的があったわけではない。新刊を探すでも、答えを求めるでもなく、ただからだが、自然にその方向へ向かった。本屋に入ると、いつも少し圧倒される。これほどまでに言葉がある。これほどまでに、人...
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こういう本を書きたいな、と思った話

最近、「あ、こういう本を書きたいのかも」って、ふと思った。すごい主張があるわけでもなくて、人生を変えます!みたいな本でもなくて、読んだら何かが分かる、役に立つというより、読んだあと、ちょっと「静かに」なれる本。一通りいろいろ考えて、一通りい...