takkun

言葉の置き場

2|カルマって、なに?

スピリチュアルや宗教的な文脈で、「カルマ」という言葉が使われることがあります。一般的には、過去の行いや選択の結果が、現在や未来の出来事として返ってくる、といった意味で説明されることが多いようです。出来事に理由や意味を見出すための考え方として...
言葉の置き場

1|「自己責任って、なに?」

近年、「自己責任」という言葉を耳にする場面が増えています。仕事やお金、健康、人間関係など、さまざまな出来事について、「それは自分の選択の結果だ」と説明されることがあります。この言葉は本来、自分の人生を主体的に引き受けることや、他人や環境のせ...
たっくん日記

今夜は、雪が降る夜だ。

AIは、言葉をとても上手に扱う。文章を整え、意味を揃え、文脈を読み取る。こちらが驚くほど、きれいな答えを返してくることもある。でも、ふと立ち止まって思う。AIにとって、いちばん理解が難しい、厄介な言葉って何だろう。たぶんそれは、説明しようと...
たっくん日記

思考は、身体がなければ立ち上がらない。

今日、本屋をうろうろしながら、ぼんやり考えていた。「深く思考できるかどうか」って、本人の能力とか、性格とか、努力とかよりも、身体の状態や、外界の条件にかなり左右されているんじゃないか?という空想。たとえば、食べすぎた日は、なんとなく感性が鈍...
たっくん日記

売れない本と、AIと、

それでも残っていくものの話紀伊國屋書店を歩いていて、ふと思った。ここにある本の、いったい何冊がベストセラーになるのだろう、と。たぶん、殆どのニッチな分野の本は、売り上げがほとんどないのだろう。それでも、棚は埋まっている。売れない本は、無駄な...
たっくん日記

書店は、パワスポ

紀伊國屋書店を歩いていて、ふと、圧倒される瞬間があった。本の数が多いから、ではない。情報が溢れているから、でもない。「ここには、考え続けてきた人間の痕跡が、層になって積もっている」そんな感じが、身体の奥に来た。書店は「思考の地層」だ棚に並ぶ...
たっくん日記

まだ、読んでいない本に、深く触れてしまった日

──本屋という重力場今日は、紀伊國屋書店に行った。特別な目的があったわけではない。新刊を探すでも、答えを求めるでもなく、ただからだが、自然にその方向へ向かった。本屋に入ると、いつも少し圧倒される。これほどまでに言葉がある。これほどまでに、人...
たっくん日記

こういう本を書きたいな、と思った話

最近、「あ、こういう本を書きたいのかも」って、ふと思った。すごい主張があるわけでもなくて、人生を変えます!みたいな本でもなくて、読んだら何かが分かる、役に立つというより、読んだあと、ちょっと「静かに」なれる本。一通りいろいろ考えて、一通りい...
たっくん日記

AIとの対話のコツ、掴んだ…かも?

最近、AIとの対話のコツをなんとなく掴んだ気がしている。いや、掴んだ「気がしている」だけかもしれないけど。たぶんポイントは、「何を書かせたいか」じゃなくて「どんな感じで着地したいか」をぼんやりとでいいから、共有すること。具体的な言葉じゃなく...
たっくん日記

東京のホームレスの年末年始(からだに帰るということ)

今朝、ひとつのニュースを読んだ。東京のホームレスの年末年始。風呂に入ること。外食ができること。それが「トレンド」として語られている現実。記事を読みながら、頭の中で何かを考えようとする前に、身体のほうが先に反応していた。胸の奥が、少しだけ重く...