思考は、身体がなければ立ち上がらない。

今日、本屋をうろうろしながら、ぼんやり考えていた。

「深く思考できるかどうか」って、
本人の能力とか、性格とか、努力とかよりも、
身体の状態や、外界の条件にかなり左右されているんじゃないか?
という空想。

たとえば、
食べすぎた日は、なんとなく感性が鈍る。
眠い日は、思考が平べったくなる。
逆に、少し空腹だったり、身体が軽い日は、
直観が冴える気がする。

姿勢とか、
気温とか、
湿度とか、
明るさとか、
音とか。

「思考とは関係なさそう」とされているものの方が、
実は思考そのものを強く左右しているのかもしれない。

これは、
痩せている方が偉いとか、
太っている方が鈍いとか、
そういう話ではまったくない。

ただ、
どんな身体状態で、どんな環境にいるかによって、
立ち上がる思考の「モード」が変わる
んじゃないか
というだけの話。

僕自身、
幸せで満腹な日は、世界がやさしく見えるし、
少し追い込まれた日は、世界の輪郭がギザギザ鋭く見える。

どちらが正しいとか、
どちらが優れているとかではなくて、
ただ、違う。

「今日は考えられなかったな」という日も、
意志が弱いとか、能力が足りないとかじゃなくて、
もしかしたら、気圧とか、湿度とか、単にからだの姿勢の問題、なのかもしれない。

そう思えたら、
少しだけ、自分にも他人にも、やさしくなれる気がした。

以上、今日の空想。
とくに結論はない。

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