俯瞰しすぎると世界が遠のく

視野が広がることは、
良いことだと言われてきた。

俯瞰する。
全体を見る。
一段上の視点に立つ。

たしかにそれは、
争いを減らし、
誤解を解き、
構造を見抜く力を与えてくれる。


けれど、
俯瞰には副作用がある。


世界が、遠のく。


俯瞰しすぎると、
人はこう感じ始める。

・感情が薄れる
・現実が平坦になる
・何をしても同じに見える

これは冷静になったのではない。

ピントが合っていないだけだ。


俯瞰とは、
カメラで言えば
ズームアウトだ。

ズームアウトし続ければ、
情報は減る。

細部が消え、
手触りがなくなる。


構造が見えるほど、
人は「意味」を失いやすい。

なぜなら、
意味は常に
近距離でしか立ち上がらないからだ。


・一人の声
・一つの行動
・一回の失敗
・今この瞬間の感覚

これらは、
俯瞰視点では
ノイズに見える。


だが、
人が生きているのは
ノイズの中だ。


俯瞰しすぎる人は、
正しい。

だが、
生きにくい。


世界が遠のく感覚は、
悟りでも、
成長の証でもない。

焦点距離のズレだ。


ここで多くの人は、
さらに俯瞰しようとする。

もっと理解しよう。
もっと上から見よう。

だがそれは、
ズレを拡大させる。


必要なのは、
逆の動きだ。


・音を聞く
・触れる
・重さを感じる
・歩く
・呼吸を見る


ピントを合わせるとは、
意味を考えることではない。

距離を戻すことだ。


現実は、
思考よりも
身体に近い。


俯瞰は、
道具だ。

常時オンにするものではない。


必要なときに使い、
終わったら下ろす。


世界が遠くなったとき、
それは
「考えすぎ」のサインではない。

引きすぎのサインだ。

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