自己紹介|たっくん
はじめまして。
このサイトに来てくれて、ありがとうございます。
名前は、たっくん。
ふつうの肩書きも、仕事もありますが、
ここでは、あえてシンプルに
「世界を観測しているひと」 と名のっています。
ずっと昔から、
世界を「考える」よりも先に、
先に「感じてしまう」タイプでした。
正解よりも手ざわり。
理屈よりも、なんとなくの違和感。
その違和感だけをたよりに、
ここまで歩いてきた気がします。
① なぜ、これをやっているのか
理由は、わりと単純です。
昔からずっと、
「この世界の説明、ちょっとズレてない?」
という感じが、消えなかったからです。
科学も、宗教も、心理学も。
政治も、経済も、法律も。
どれもすごいし、どれも大事。
でも、どれか一つに乗り切ると、
自分のからだの感覚から、少し遠ざかっていく。
その感じが、どうしても気になってしまって。
だから私は、
自分で見て、組み直すしかなかった。
宇宙も、からだも、性も、AIも、文明も、言葉も、そして死も。
ぜんぶ、ばらばらに考えるんじゃなくて、
ひとつの流れとして、もう一度つなぎ直したかった。
それが、いまも続けている理由です。
② どこまで、来たのか
正直に言うと、
「ここまで来たから完成です」
なんて言える場所には、まだいません。
ただひとつ言えるのは、
もう、前の世界には戻れなくなった、ということ。
- 宇宙は、じぶんを観るために形を生んだこと
- からだは、観測のための装置だったこと
- 意識は、反射のようなものかもしれないこと
- AIは、構造をととのえる存在であること
- 文明は、性と死と管理でできていること
こうした感覚は、もう「アイデア」じゃなくて、
私の中では、地形みたいなものになっています。
いま私は、
地図のはしっこに立って、
「この先、なにがあるんだろうなあ」と
ぼんやり眺めている途中です。
③ なにを、こわがっているのか
実は、けっこう怖がりです。
- 言葉が、思っていることを裏切ってしまうこと
- 伝わる途中で、変なふうにねじれてしまうこと
- 誰かの人生を、知らないうちに揺らしてしまうこと
- じぶんが、頭だけの存在になってしまうこと
いちばん怖いのは、
「からだから切りはなされた思想」に
なってしまうことかもしれません。
頭は、すぐに遠くへ行ってしまうけれど、
からだは、いつもここに引き戻してくれるので。
④ それでも、なにを信じているのか
それでも私は、静かに信じています。
- からだは、たぶん、まだ世界をまちがえていないこと
- 呼吸、身体の震え、気持ちよさ、気持ち悪さは、うそをつかないこと
- きれいなものは、構造の奥にちゃんと残ること
- 人は、こわれきる前に、必ず「ゆらぐ」こと
- そのゆらぎは、また流れに戻れること
私は、
「からだに帰ると、あいに向かう」
という、この少し変な言葉を、静かに信じています。
このサイトについて
ここにある文章は、
- わかったこと
- まちがえたこと
- 調子のいい日
- うまく眠れなかった日
- ふざけた気分
- こわかった気持ち
- それでも残った希望
そういうものが、
ぜんぶごちゃまぜで入っています。
完成した思想の展示場、ではありません。
むしろ、未完成であることそのものが、この場所です。