なぜ同じ言葉が違う意味で届くのか

同じ言葉を使ったはずなのに、
話がまったく噛み合わない。

そんな経験は、
誰にでもある。

説明が足りなかったのだろうか。
言い方が悪かったのだろうか。

でも実際には、
言葉そのものは合っていることも多い。

それでも、
意味だけがズレる。


このズレは、
語彙力や知性の問題ではない。

原因は、
人が属している「層(レイヤ)」の違いにある。

言葉は、
空中をまっすぐ飛んでいくものではない。

必ず、
受け取る側の層を通過してから
意味になる。


たとえば、
「責任」という言葉。

・現場の人にとっては
 → 目の前の仕事を回すこと
・管理職にとっては
 → 判断の重さ
・トップにとっては
 → 組織全体への影響
・外部の人にとっては
 → 誰かが悪者になること

同じ単語でも、
通過する層が違えば、
別物になる。


層とは、
上下関係ではない。

能力の序列でもない。

影響範囲と視野の広さの違いだ。

どの層に立っているかで、
世界の見え方が変わる。

そして、
言葉はその世界像に
翻訳されてしまう。


だから、
誤解は避けられない。

「ちゃんと説明したのに」
「そんな意味じゃない」

このすれ違いは、
悪意がなくても起こる。

むしろ、
善意のときほど起こりやすい


問題は、
ここからだ。

人は、
言葉が通じなかったとき、

・相手が理解力不足だ
・わざと曲解している
・敵意がある

と解釈しがちだ。

だが実際には、
ただ別の層で意味が再構成された
だけのことが多い。


同じ言葉が違う意味で届くのは、
失敗ではない。

構造上、
当然の現象だ。

問題になるのは、
その事実を無視して、
言葉を押し通そうとするときだ。


言葉を強めれば強めるほど、
相手の層では
別の意味に変換される。

結果として、
対話は成立せず、
対立だけが残る。


成熟とは、
「正しく伝える力」ではない。

どの層に向けて
話しているかを自覚する力
だ。

あるいは、
「今は通じない」と
引き下がる判断力だ。


同じ言葉が
同じ意味で、違う層に届く世界は、
まだ存在しない。

だからこそ、
沈黙が必要になる場面もある。

語らないことは、
敗北ではない。

構造を理解した者の
選択であることもある。


言葉は、
万能な橋ではない。

層と層の間には、
どうしても
歪みが生じる。

それを前提にできたとき、
人はようやく
無用な争いから
一歩離れられる。

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