4 退職金の構造的混線

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第4章 退職金の構造的混線

――功労・信頼・将来保障は、本来別のものだった

前章3 制度設計と責任の所在では、
「着服できてしまう制度」が
合理性と引き換えに選ばれてきた構造を見てきた。

この章では、
その結果として個人に集中した裁きが、
退職金という制度の中で
どのような歪みを生んでいるのか

を整理していきたい。


退職金という言葉は、
一見すると分かりやすい。

長く働いた人が、
仕事を終えるときにもらうお金。

だが、その中身をよく見ると、
実はまったく性質の違う要素が
一つに束ねられている。


まず一つ目は、
功労である。

その職員が、
どれだけの時間を使い、
どれだけの労力を注いで、
業務を回してきたか。

事故を起こさず、
遅延を最小限に抑え、
日々の運行を成立させてきた。

それは、
すでに起きた過去の事実だ。

評価の対象にはなり得るが、
あとから「なかったこと」に
できるものではない。


二つ目は、
信頼である。

この人に任せてよいか。
公金を扱わせてよいか。
市民の前に立たせてよいか。

信頼は、
組織との関係性の問題だ。

積み上がることもあれば、
一度の行為で損なわれることもある。

今回の件で、
この信頼が傷ついたという評価自体は、
否定しがたい。

ただし、
それは関係性の変化であって、
過去の労働そのものを
消去する力を持つわけではない。


三つ目は、
将来保障である。

退職後、
生活が急激に不安定にならないための
クッション。

老後の生活。
次の仕事が見つかるまでの時間。
家族との暮らし。

これは、
功績への褒美というより、
社会が不安定化しないための
安全装置に近い。


ここで重要なのは、
この三つが
本来、別の論理で扱われるべきもの
だという点だ。

  • 功労は、過去の評価
  • 信頼は、関係性の問題
  • 将来保障は、社会的安定の問題

それぞれに、
別の基準と調整方法が必要になる。


ところが現行制度では、
これらが分解されないまま、
「退職金」という一つの塊として
処理されている。

その結果、
信頼が損なわれた、
という一点をもって、

功労も
将来保障も
すべてゼロ

という判断が、
制度上、可能になってしまう。


この処理の仕方は、
非常に乱暴だ。

信頼の問題を理由に、
過去の労働が消され、
未来の生活保障まで断ち切られる。

それは、
評価の減点というより、
存在の全否定に近い。


ここで注意したいのは、
これは感情論ではない、
ということだ。

「かわいそうだから減らせ」
という話ではない。

制度として見たとき、
この一括処理は、
説明可能性を著しく欠いている。

なぜこの金額なのか。
なぜゼロなのか。
なぜ段階がないのか。

それらに、
制度は答えられない。


答えられない制度は、
往々にして
極端な数字を選ぶ。

ゼロか、
全額か。

途中を設計するには、
考える必要がある。
説明する必要がある。
責任を分ける必要がある。

それを避けた結果、
「全部ゼロ」という
乱暴な解決策が残る。


この章で見てきたのは、
退職金という制度が、
悪意によって歪められている、
という話ではない。

むしろ、
整理されないまま使われ続けた結果、
歪みが露出した

という話だ。


次章5 これは保険ではない──人質であるでは、
この歪んだ構造が、
実際にどのような機能を果たしているのか。

退職金が、
保障や評価ではなく、
別の役割を担ってしまっている可能性
について掘り下げる。

結論は、
すでに見え始めている。

それは、
「これは保険ではない」
という直感だ。

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