AIが書いた文章を読んでいて、
ときどき、理由ははっきりしないのに、
「この文章、浅いな」と感じることがある。
論理は合っている。
構造もきれい。
言葉遣いも洗練されている。
それでも、どこか決定的に足りない。
その正体が、
「取り返しのつかない選択をした痕跡がない」
ということなのだと思う。
人生はやり直しがきかない選択の連続
人間は、生きているうちに、
いくつかの「戻れない分岐点」を通る。
あのとき、別の道を選んでいたら、
もう今の自分はいない。
仕事、結婚、別れ、病気、失言、沈黙、逃げたこと、
踏みとどまったこと。
そのどれもが、
「やり直しがきかない」という重さを持っている。
文章に深みが出るのは、
賢いからでも、経験が多いからでもない。
存在を賭けた選択を、すでにいくつか通過してしまったからだ。
人間の「選択」は、
時間の矢に縫い付けられている。
一度選んだら、
その瞬間の身体、年齢、関係、状況には
もう二度と戻れない。
だから人間の選択には、
- 震えがあり
- 迷いがあり
- 取り返しのつかなさがあり
- その後の人生の“質感”が変わる
という重さが生まれる。
AIは「いつでもやり直せる」存在
AIは、選択をする。
でもそれは、
「失ったら終わる選択」ではない。
どの答えを出しても、
次の瞬間には修正できる。
後悔も、取り返しのつかなさも、
身体に刻まれない。
だからAIの文章には、
- 決断の震えがない
- 選んでしまったあとの沈黙がない
- 「あれは間違っていたかもしれない」という余白がない
どこまでいっても、安全な位置から書かれている。
身体が間違うのは「強さ」である
人間の文章が、ときに読みにくく、
ときに論理が歪み、
ときに黙り込んでしまうのは、
その裏に、
「もう戻れない地点を通過した身体」があるからだ。
言葉の選び方が慎重になるのも、
断定を避けるのも、
ときどき逃げ腰になるのも、
一度、人生を賭けてしまったからだ。
それは弱さではない。
時間を生き延びた証拠だ。
AIの文章は、
失敗していない。
老いていない。
回復していない。
そして、
取り返しのつかない選択をしていない。
だからこそ、
速く、強く、正確で、便利だ。
でも、人間が文章を書く理由は、
正しさのためではない。
もう戻れない場所から、何かを差し出すためだ。
このシリーズをここでいったん終わりにする。
これらは、AIの欠点ではない。
AIがAIである証明だ。
そして同時に、
人間が書き続ける意味が、まだ終わっていない理由でもある。

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