前回は、 AIの文章がどこか軽く感じられる理由として、 「AIの文章は老いていない」という点について書いた。
今回は、その続きを書いてみたい。
老いと並んで、 もう一つ、身体が引っかかる感覚がある。
それは、 AIは、「一度も失敗したことがない」ということだ。
失敗とは「間違えたこと」ではない
ここで言う失敗は、 テストの点数が悪かったとか、 判断を誤ったとか、 そういう意味ではない。
むしろ、 本人としては100%正しいと思ってやったのに、ズレてしまったこと。
理屈も、善意も、準備も十分にあった。
それなのに、 現実が思った通りには動かなかった。
そのときに残る、 言い訳のきかない感触。
それが、失敗だと思う。
失敗を通った人の言葉
失敗を通った人の言葉には、 独特の慎重さがある。
・方法論を押し付けない ・成功例を誇らない ・「誰でもできる」と言わない
それは、 能力が低いからでも、 自信がないからでもない。
一度、 正しさが現実に拒否された経験をしているからだ。
その経験は、 思考を弱くするのではなく、 思考の射程を現実側に引き戻す。
AIは失敗を「知っている」が、引き受けていない
AIは、失敗について多くのことを知っている。
歴史上の失敗例も、 ビジネスの失敗談も、 心理学的な失敗パターンも。
けれど、 それらはすべて知識としての失敗だ。
AI自身は、 常に「これが正しい」と信じて動き、 その結果の再現性は100%なので、「ズレ」を引き受けたことは一度もないのだ。
だからAIの文章は、 滑らかで、 角が立たず、整ってはいるのだが、 失敗の重さが沈殿しない。
失敗は、思考を身体に戻す
人間にとっての失敗は、 思考を壊すものではない。
むしろ、 思考を身体に戻す装置のようなものだと思う。
- もう少し様子を見る
- 一度立ち止まる
- 別のやり方を探す
そうした動きは、 成功体験からは生まれにくい。
失敗によって、 思考は現実の重さを思い出す。
今日は、ここまで
次は、 AIには「回復」という概念がないという点について書いてみたい。
これもまた、 失敗とは違う種類の身体の話になる。

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