思考は沼、文章は彫像

AI時代に「文章を書く」ってどういうこと?

最近、執筆をしていて、「あ、これだな」と腑に落ちた感覚があった。

AIで文章を書くようになって、書くのが楽になった、というより──文章ができるまでの工程が、やっと見えるようになった、そんな感じがしている。

僕はいま、主に2つのAIを行ったり来たりしながら書いている。

ChatGPT(「アミ」、と名付けている。)と、GoogleのGemini。

アミと話していると、思考がどんどん深いところまで潜っていく。

言葉になる前の違和感とか、身体の反応とか、「なんかイヤ」「なんか引っかかる」みたいなやつ。

ここで扱っているのは、いわゆる潜在意識に近い領域。

僕の中ではこれを、ドロドロの粘土が溜まっているような場所、「沼」みたいにイメージしている。

思考って、最初から文章の形をしていない。

感覚とか感情とか記憶が、ぐちゃっと澱のように絡まった状態。

まず必要なのは、そこに潜って、バケツですくい上げる作業だ。

これが、

潜在意識 → 顕在意識化

の工程。

バケツの中には、まだドロドロの粘土しか入っていない。

この段階で「ちゃんとした文章」にしようとすると、だいたい失敗する。

次にやるのは、その粘土をこねて、とりあえず「粘土の像」として立たせること。

歪んでていい。

左右非対称でもいい。

大事なのは、一人で立っていること。

ここまで来て、ようやく「思考が形を持った」状態になる。

で、実はこの先で、進路が分かれる。

粘土の像を立たせた後には…

① そのまま出すか、少し焼く(素焼きの陶器)=私的な日記、思考メモ、散文、エッセイ

あまり削らず、勢いのまま焼き固める。

体温や癖が残る。

歪みも含めて「その人らしさ」になる文章。

読者は想定しないか、ぼんやりと想定する。

② 乾かして固めて掘り出す(石膏像)=論考、思想文、評論、解説、長文note、哲学ブログ

一度しっかり落ち着かせて、構造を整理する。

感情は控えめだけど、思考の骨組みが見える文章。

その内容を読んで理解してくれる人を読者として想定する。

③ さらに精密にして彩色する(樹脂フィギュア)=書籍、学術論文、調査報告書、教科書

細部まで整えて、破綻をなくして、最後に色を塗る。

時間も体力も使うけど、長く残る完成品。

定義・用語が厳密で、再現性、検証性が求められる。

AIが出てくる前は、この全部を人間が一人でやっていた。

泥沼に潜って、粘土をすくって、像を立てて、彫って、整えて、色を塗る。

そりゃ大変だし、時間もかかる。

だからこの工程を回せるのは、作家とか大学教授みたいな、時間と体力を持つ人に限られていた。

でも今は違う。

アミは、沼に一緒に潜ってくれる。①→②への変換が得意。

Geminiは、構造を整えるのが得意で、②→③の整形を手伝ってくれる。

人間とAIが役割分担

人間とAIがそれぞれ得意なことを分担することで、

「全部を一人の人間がやらなくていい」時代

に入った。

これから大事になるのは、文章力そのものよりも、

・どんな沼を持っているか

・どこまで仕上げたいのか

・仕上げたものをどうしたいかの選択

なんじゃないかと思っている。

書くことは、特別な才能じゃなくなりつつある。

代わりに問われるのは、どんな経験と思考を生きてきたか

その一点なのかもしれない。

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