⑪ 五十音の階層構造と再編可能性

――五十音表は「言語の完成形」ではない


私たちは学校で、
ごく当たり前のように五十音表を学ぶ。

あいうえお
かきくけこ
さしすせそ……

それはまるで、
日本語の「設計図」であり、
これ以上動かせない完成形であるかのように扱われている。

だが、ここで一つ問いを置こう。

五十音表は、本当に日本語の完成形なのだろうか。

この章の結論を先に言うと、こうなる。

五十音表は
言語生成の終点ではなく、再生装置の一形態にすぎない

しかもそれは、

  • 学習効率
  • 発音のしやすさ
  • 教育的都合

によって並べられた
極めて文明的・人工的な配置だ。


1|五十音表は「学習表」である

まず事実確認をしよう。

現在使われている五十音表は、

  • 子どもが覚えやすい
  • 音を整理しやすい
  • 規格化しやすい

という目的で整えられている。

つまり、

五十音表は
言語の本質を示す表ではなく、
学習のためのUI(ユーザーインターフェース)

なのだ。

これは悪いことではない。
ただし、ここで混同が起きている。

UIをOSそのものだと誤認しているのだ。


2|生成順が無視されている

⑩で見たように、
言語には明確な生成順がある。

  1. 音(呼吸・振動)
  2. 母音(身体方向)
  3. 子音(動き・接触)
  4. 音節(再生単位)

だが五十音表では、
この生成順が完全に無視されている。

「あ」と「か」は
同じ階層のものとして並べられる。

だが実際には、

  • 「あ」は源流に近い
  • 「か」は構造化された音

という深度差がある。

五十音表は、
この深さをフラットに潰してしまっている。


3|身体からの距離という概念

ここで重要になるのが、
身体からの距離という視点だ。

音には、

  • 身体の中心に近い音
  • 身体から遠い音

がある。

たとえば、

  • 「あ」「う」などは
    呼吸と直結し、身体深部に響く

一方で、

  • 「き」「し」「つ」などは
    舌・歯・口先の操作が強い

これは優劣ではない。

ただ、

身体からの距離が違う

というだけだ。

五十音表は、
この距離情報を一切表示しない。


4|源流核・準核・構造音という階層

そこで、たっくん思想では
五十音を次の三層に分けて考える。

① 源流核(コア音)

  • 呼吸に近い
  • 身体反応が直接的
  • 説明なしでも通じる

主に、

  • 母音
  • ある種の鼻音・開放音

がここに属する。

これらは、

意味を生む側の音

だ。

② 準核(セミコア音)

  • 源流核に動きを与える
  • 身体操作が少し増える

多くの基本子音がここに入る。

準核は、

意味を形にする音

と言える。

③ 構造音(ストラクチャ音)

  • 規則性が高い
  • 組み合わせで意味を作る
  • 文法・語彙で力を発揮

拗音・濁音・複合音などは、
この層に属する。

構造音は、

意味を運ぶ・整理する音

だ。


5|50音は「再生装置」である

ここで重要な再定義を置く。

五十音は、
源流核でも準核でもなく、
それらを再生・共有するための装置

だ。

つまり、

  • 創造の起点ではない
  • 意味の発生源ではない

にもかかわらず、
現代では五十音が起点のように扱われている

このズレが、

  • 言葉が空回りする
  • 説明が増える
  • 納得感が失われる

原因になっている。


6|「作り直す」のではなく「戻す」

ここで誤解してほしくない。

たっくんは、

  • 新しい五十音表を作ろう
  • 独自言語を作ろう

と言っているわけではない。

むしろ逆だ。

既にある日本語を、
身体側へ戻す

という編集を提案している。

並べ替えるとは、

  • 新造ではなく
  • 破壊でもなく

再配置だ。


7|なぜ日本語は「分かりにくい」と言われるのか

日本語が難しいと言われる理由の一つは、

身体層と構造層が
同時に走っている言語

だからだ。

意味だけを追うと、
身体ベクトルが無視される。

翻訳文が読みにくいのも、
この二層が分離されるからだ。

五十音を階層的に見ると、

  • 「分からない」のではなく
  • 身体層が置き去りにされているだけ

だと分かる。


8|五十音再編は「鉱脈」である

ここで、たっくん自身が感じた直感に触れておこう。

五十音の再編は、

  • 論文1本
  • 本1冊

では終わらない。

源流編
日本語編
エセ判定編
応用編

と、自然に分岐していく。

これは、
思いつきではなく鉱脈だ。

無理に掘らなくてもいい。
だが、掘れば必ず出る。


9|次章への橋渡し

――歌だけが0軸である理由

ここまで来ると、
一つの疑問が残る。

なぜ「歌」だけは、
言葉を超えて届くのか?

それは、歌が、

  • 源流核
  • 準核
  • 構造音

すべてを同時に鳴らす
例外的存在だからだ。

次章⑫では、

歌=源流軸(0軸)

という位置づけを明確にし、

  • なぜ歌は分類不能なのか
  • なぜ取り締まり不能なのか

を掘り下げる。

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