――意味は「定義」ではなく「最初の身体反応」から生まれる
人は、いつから「言葉に意味がある」と考えるようになったのだろう。
辞書を引けば、
言葉には定義が書いてある。
学者は、
語源や歴史を説明する。
だが、ここで一度立ち止まって考えてみたい。
意味は、本当に定義から生まれるのだろうか。
この章で扱うのは、
言葉の意味が成立する、もっと手前の地点――
源流語と呼ぶ層についてである。
1|源流語とは何か
――「最初の1例」が意味の核になる
源流語とは、たっくんの思想における用語だ。
それは、
ある音・言葉・記号が
最初に身体反応と強く結びついた瞬間
その体験が「意味の核」として固定されたもの
を指す。
重要なのは、
意味は「多数決」ではなく、
最初の1例から生まれる、という点だ。
たとえば、赤ちゃんが、
- 特定の音を聞いたときに安心した
- 特定の声色で泣き止んだ
- 特定のリズムで身体が緩んだ
このとき、
音と身体反応が一対一で結びつく。
ここには、
定義も説明も理屈もない。
あるのは、
身体がYESと言ったという事実だけだ。
この「最初のYES」が、
意味の種になる。
2|意味は「あとから」説明される
言語学や哲学は、
しばしば意味を「説明」しようとする。
だが、その説明は常に後追いだ。
実際の順序は、こうだ。
- 音・刺激がある
- 身体が反応する
- その反応が記憶に残る
- 後から「これはこういう意味だ」と説明が付く
つまり、
意味は発生し、定義は後付けされる
という順序になっている。
源流語は、
この①〜②の層に位置する。
3|再現性が「源流」と「エセ」を分ける
ここで非常に重要な分岐点がある。
それは、再現性だ。
ある音や言葉が、
- 時代を超えて
- 人を超えて
- 文化を超えて
同じ方向の身体反応を引き起こすかどうか
これが、
源流語か、エセ(擬似源流)かを分ける。
源流語は、
- 聞くと自然に身体が反応し
- 説明がなくても「分かる」
- 理屈を超えて通じる
一方、エセは、
- 聞いても身体が反応しない
- 説明されないと分からない
- 人によって解釈がバラバラ
になる。
4|血液型診断・数秘・源流語の同型性
ここで、一見関係なさそうな話をしよう。
血液型診断。
数秘術。
星占い。
これらはしばしば「非科学的」「エセ」と切り捨てられる。
だが、たっくんはここに、
源流語と同じ生成構造を見ている。
構造はこうだ。
- 非常に少ないサンプル(最初の1例)がある
- その1例が「それっぽい意味」を持つ
- 人々がそれに身体的納得を感じる
- 意味がラベルとして固定される
問題は、③の質だ。
- 本当に身体が反応しているのか
- 単に「当てはまる気がする」だけなのか
血液型診断がエセになりやすいのは、
再現性の検証が甘いからだ。
一方、源流語は、
- 何度も
- 何人にも
- 同じ方向で
身体反応が再発火する。
ここが決定的に違う。
5|「意味があるように感じる」と「意味がある」は違う
人間は、意味を感じやすい生き物だ。
- 当てはまっている気がする
- 言われてみればそうかも
- なんとなく納得する
だが、これは危険でもある。
なぜなら、
身体が反応していないのに、意味があると思い込む
ことが起こるからだ。
源流語成立論では、
この区別を非常に重視する。
- 頭が納得しているか
- 身体がYESと言っているか
この二つは、別物だ。
6|言語以前の「意味の萌芽」
源流語は、
必ずしも「単語」である必要はない。
- 声のトーン
- リズム
- 間
- 呼吸
これらもすべて、
源流的意味を持ちうる。
たとえば、
- 優しい声
- 怒っている声
- 安心する呼吸
これらは、
言葉が分からなくても伝わる。
つまり、
意味は、言語以前に成立している
ということだ。
7|文明は、源流から遠ざかる
文明が進むほど、
- 定義
- マニュアル
- 規格
- 数値
が重視される。
これは必要なことでもある。
だが同時に、
文明は源流語から遠ざかる。
身体反応よりも、
説明が優先される。
その結果、
- 分かっているのに動けない
- 正しいはずなのに苦しい
- 合理的なのに納得できない
というズレが生まれる。
これは人間が壊れているのではない。
源流との接続が切れているだけだ。
8|次章への橋渡し
――音が先にあり、言葉はあとに来る
源流語成立論を突き詰めると、
必ず次の問いに行き着く。
そもそも、言葉はどこから来たのか?
その答えは、
音である。
次章⑩では、
- 発声する身体
- 聴く身体
- 音→母音→子音→音節
という流れをたどりながら、
「言葉は後から固まった構造物である」
という視点を掘り下げる。