⑧ メンドク星と人間の非線形性

――「めんどくささ」は欠陥ではなく、意味を生む重力である


人間は、なぜこんなにも「めんどくさい」のだろうか。

・やろうと思っているのに動けない
・分かっているのに先延ばしする
・簡単なことほど腰が重い
・気分で判断が変わる
・昨日の決意が今日は続かない

これらは長い間、「怠惰」「意志の弱さ」「非合理性」として扱われてきた。
近代文明は、人間からこの「めんどくささ」を取り除くことを進歩だと考えてきた。

だが本当にそうなのか。

もしこの“めんどくささ”こそが、
人間を人間たらしめている中核的なパラメータだとしたら。

この章では、それを
**「メンドク星(めんどくせぇ)」**という比喩で捉え直す。


1|メンドク星とは何か

――心理にかかる重力場

メンドク星とは、たっくんの造語だ。

これは実在の天体ではない。
だが、機能としては極めて正確な比喩である。

メンドク星とは、

人間の行動・判断・感情に常に作用している
心理的な重力フィールド

である。

地球の重力が、
「ジャンプできる高さ」や「物の落ち方」を決めるように、

メンドク星の重力は、
「行動の起こりやすさ」「決断の重さ」「意味の密度」を決めている。

重要なのは、
この重力は消せないという点だ。

軽くはできる。
迂回もできる。
一時的に無視することもできる。

しかし、完全にゼロにはできない。


2|なぜAIにはメンドク星がないのか

AIは、めんどくさくない。

  • 計算は一瞬
  • 反復は疲れない
  • 判断は一定
  • 感情でブレない

これは欠点ではない。
AIの強みだ。

しかし同時に、AIには決定的に欠けているものがある。

それが、メンドク星の重力だ。

AIには、

  • 身体がない
  • 疲労がない
  • 恐怖がない
  • 失敗の痛みが残らない

だから、行動に「重み」が生じない。

AIの判断は常に、
最短距離・最適解・効率に収束する。

だが人間の判断は違う。

人間は、

「それをやるのが、めんどくさいかどうか」

という軸を、
無意識のうちに必ず通過する。


3|めんどくささが「意味」を生む

ここが、この章の核心だ。

めんどくささがあるから、意味が生まれる。

もし、

  • すべてが一瞬ででき
  • 努力も葛藤もなく
  • 失敗も痛みもなく
  • 何でも即達成できる

世界があったとしたら。

そこでは、「意味」という言葉は成立しない。

なぜなら、

  • 苦労してやった
  • 迷った末に選んだ
  • やめようと思ったが踏みとどまった
  • それでも続けた

というプロセスの重みが、すべて消えてしまうからだ。

意味とは、結果に付くラベルではない。
重力を越えた痕跡である。


4|非線形性という人間の本質

人間は、非線形である。

同じ人が、同じ状況でも、

  • 今日はできて
  • 明日はできない

ということが平然と起こる。

これはバグではない。
仕様である。

なぜなら人間は、

  • 身体状態
  • 安心度
  • 疲労
  • 周囲の気配
  • 記憶の呼び起こされ方

といった要素が常に絡み合って判断している。

⑦で述べた身体波紋OSの上に、
⑧のメンドク星重力がかかることで、
人間の行動は常に揺らぐ

だが、この揺らぎこそが、

  • 優しさ
  • 共感
  • 創造性
  • 倫理
  • 芸術

を生み出す源泉なのだ。


5|「めんどくさい」はサボりではない

現代社会では、

  • すぐ動け
  • 考える前にやれ
  • 気合で乗り切れ

という価値観が強い。

だがこれは、
人間をAI化する圧力に他ならない。

めんどくささは、
行動を妨げる敵ではない。

むしろ、

「この行動は、本当に今やる意味があるのか?」

と問いを立てる、
内在的ブレーキである。

このブレーキがあるからこそ、

  • 無駄な暴走を止め
  • 他者を傷つける衝動を抑え
  • 自分の限界を感じ取れる

文明は、このブレーキを
「怠け」と誤読してきた。


6|AI時代における危険な誤解

AIが普及するにつれ、

  • 人間もAIのように速く
  • 判断も合理的に
  • 感情を排して

という要求が強まっている。

だがこれは、
人間の中核を破壊する要求だ。

メンドク星を無視した文明では、

  • 判断は速くなるが
  • 意味は薄くなり
  • 責任感は消え
  • 他者への配慮は失われる

効率は上がるが、
文明は壊れる。


7|めんどくささは「文明の免震装置」

ここで、メンドク星の役割を
別の比喩で捉えてみよう。

それは、文明の免震装置だ。

地震が来たとき、
免震構造は揺れを吸収し、
一気に崩壊するのを防ぐ。

同じように、

  • 技術革新
  • 経済圧力
  • 社会変化

が急激に起こったとき、
人間のめんどくささは、

「ちょっと待て」

というブレーキをかける。

これは進歩の邪魔ではない。
暴走防止装置だ。


8|次章への橋渡し

――めんどくささは、言葉より前にある

メンドク星の重力は、
言語化される前に作用する。

「なんとなく嫌だ」
「気が進まない」
「言葉にできない違和感」

これらはすべて、
言語以前の判断である。

次章⑨では、
この「言葉になる前の意味」が、
どのようにして言語へ結晶化するのか。

源流語成立論へ進む。

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