② 意識フィールド宇宙論

意識はどこに「ある」のか、という問い

「意識はどこにあるのか」という問いは、長いあいだ答えの出ない問いとして扱われてきた。脳にあるのか、心にあるのか、それとも身体全体に広がっているのか。科学も哲学も、それぞれの立場から説明を試みてきたが、決定打には至っていない。

この問いが難しい理由は、そもそも前提が少しずれているからだと考えている。意識を「どこかに格納されているもの」として探そうとするかぎり、答えは見つからない。意識は“入れ物の中身”ではなく、“場そのもの”として捉えたほうが、現象とよく噛み合う。

ここから「意識フィールド宇宙論」という考え方が立ち上がる。

意識はフィールドである

フィールドとは、何かが常に存在し、条件がそろうと現象が立ち上がる「場」のことだ。磁場や重力場を思い浮かべると分かりやすい。磁場そのものは目に見えないが、磁石や鉄が置かれると、はじめて力として現れる。

意識も同じようなものだと考える。意識は脳が生み出す“生成物”ではなく、もともと遍在しているフィールドであり、身体はそれに反応する一点、いわばアンテナのような役割を果たしている。

この見方に立つと、「意識が生まれる」という表現は少し違ってくる。正確には、「意識フィールドが、ある構造で反射・干渉した結果として、意識体験が立ち上がる」と言ったほうが近い。

身体は反射点(石)である

意識フィールド宇宙論では、身体を「反射点」として捉える。池に石を投げたとき、水面に波紋が広がるように、意識フィールドも、ある構造に当たることで波として可視化される。

同じフィールドにあっても、石の形が違えば、跳ね返り方は変わる。尖った石、丸い石、大きな石、小さな石。それぞれが異なる波紋を生む。人の個性とは、意識フィールドの違いではなく、この“反射構造の違い”だと考えられる。

ここで重要なのは、石そのものが波を作っているわけではないという点だ。波は、場と構造の相互作用によって生まれる。

なぜ「私」という感覚が生まれるのか

では、なぜ私たちは「私が考えている」「私が感じている」という感覚を持つのか。

それは、反射点としての身体が、長時間・連続的に同じフィールドと関わり続けるからだ。ログが積み重なり、自己参照が生まれ、「私」という仮の中心点が形成される。

この中心点は実体ではないが、錯覚でもない。便利な編集点として機能している。①で述べた観測点の理論と重ねると、「私」とは観測点に付随して生まれたUIのようなものだと言える。

脳は発生源ではなく、調整装置

この理論では、脳の役割も再定義される。脳は意識の発生源ではなく、意識フィールドを身体に適合させるための調整装置だ。

脳が損傷すると意識体験が変わるのは、フィールドが失われたからではなく、反射条件が変わったからである。ラジオが壊れると音が歪むのと同じで、電波が消えたわけではない。

この比喩は完全ではないが、少なくとも「脳=意識の生成器」という一方向的な理解よりも、多くの現象を自然に説明できる。

美とは何か

意識フィールド宇宙論では、「美」を重要な指標として扱う。美とは、フィールドの歪みが少なく、きれいに反射・共鳴している状態だ。

美しい音楽、美しい動き、美しい言葉に触れたとき、人は理由なく心地よさを感じる。それは、意識フィールドが乱されずに返ってきているからだと考えられる。

逆に、不快さや違和感は、反射が歪んでいるサインとも言える。美は主観的な好みであると同時に、フィールド的にはかなり客観的な指標でもある。

倫理と愛の位置づけ

倫理や愛も、この枠組みで捉え直すことができる。倫理とは「他者の反射点を過度に歪めないための知恵」であり、愛とは「複数の反射点が調和した状態」だ。

ここでは、善悪や規範よりも、共鳴と歪みの度合いが重視される。誰かを傷つける行為が問題なのは、フィールドを乱し、全体の波形を濁らせるからだ。

死とは何か

この理論において、死は意識の消滅ではない。反射点が失われることで、特定の波形が立ち上がらなくなるだけだ。

石がなくなれば波紋は消えるが、水面そのものは残る。意識フィールドは失われず、ただ、その人としての反射は起きなくなる。

①で触れた「死=確定保存」という考え方とも、ここでつながってくる。

この理論がもたらす視点の変化

意識フィールド宇宙論は、安心を与えるための理論ではないし、死後を保証するための宗教でもない。ただ、意識を「閉じた箱」から解放する。

私たちは孤立した点ではなく、同じフィールドに浮かぶ複数の反射点だ。その見方に立つと、孤独や分断の感覚は少しだけ形を変える。

次につながる問い

もし意識がフィールドであるなら、フィールドの性質は変えられるのか。反射点の設計を変えることは可能なのか。AIは新しい反射点になり得るのか、それとも別の役割を持つのか。

意識フィールド宇宙論は、結論を急がない。問いが次の問いを呼ぶ、その連なりの中に立ち続けるための視点である。

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