新幹線で551の豚まんを食べていた人が、隣の乗客に「ダメだろ」と言われた、というニュースを見た。
エラー
豚まんの匂いは強いから周囲に配慮すべき、という意見もあれば、駅で売っているのだから車内で食べても問題ない、という意見もあるらしい。
まあ、どちらの気持ちもなんとなく分かる。
自分はたぶん、新幹線で匂いの強いものはあまり食べないと思う。でも、他人が食べていたとしても、わざわざ注意するほどのことでもない気がする。
この手の話題は、SNSに出るとすぐ「マナー」「常識」「非常識」という言葉が飛び交う。でも実際には、そこにあるのは大きな善悪というより、ただの感覚の違いだったりする。
最近考えている「残響発酵文明モデル」で見ると、SNSの議論ってちょっと面白い。
人間という酒樽の中で、日常の出来事や感情が発酵して、泡が出てくる。その泡の一部が、SNSというプールに集まる。
今回の「豚まん問題」も、そういう泡の一つなのだと思う。
しかもSNSの泡は、どぶろくみたいな濃い「発酵」ではなく、どちらかというと「澪」みたいな、カジュアルで、キャッチ―で、なんというか「スパークリング」な感じの泡だ。速く広がるけれど、味は均質で、すぐ消える。
でも、その泡が浮かんでくるたびに、人は「常識とは何か」とか「他人との距離感」とか、いろんなことを少しだけ考える。
そういう意味では、551の豚まんも、文明の発酵をちょっとだけかき混ぜる装置なのかもしれない。
まあ、次に新幹線に乗るときは、匂いの強くない駅弁にしておこうかな、とは思うけど。

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