なぜ自殺がだめなのか(生きることは義務なの?)

今日は、「なぜ自殺がだめなのか」ということを、あらためて考えていた。

よく考えてみると、「死はダメ」という話が、そのままスライドして、
いつの間にか「生きることが義務」みたいな空気に変わってしまう感じがある。
生きるって、本来そんなに命令っぽいものだったっけ、と、少し引っかかる。

生きなければならない、と言われると、
なんだか、ちゃんと生きないといけない、意味のある人生を送らないといけない、
ちゃんと前向きでいないといけない、みたいな圧まで一緒に乗っかってくる気がする。
そういう空気の中にいると、生きることそのものが、少し窮屈になってしまう。

別に、自分が死にたいわけじゃない。
いまの生活がどうこう、という話でもない。
ただ、「自殺はダメ」という一言だけでは、どうしても救えない苦しみが、この世界には確かにあるんじゃないか、と思ってしまう。

たとえば、言葉にならない痛みとか、
誰にも説明できない消耗とか、
もう十分に耐えたのに、まだ続いてしまう状況とか。
そういうものに対して、「とにかく生きろ」と言うだけでは、あまりにも雑すぎる気がする。

生きることが正しい、という前提を置いたままだと、
苦しんでいる側は、ますます追い詰められてしまうこともある。
生きているだけでえらい、という言葉さえ、時には重たく感じられることがある。

生きろ、と背中を押されるよりも、
立ち止まって、迷って、よく分からないまま考えられる場所のほうが、
よっぽど人を支えるんじゃないか、と最近は思う。

答えが出なくてもいい。
正しい結論にたどり着かなくてもいい。
ただ、自分の違和感やしんどさを、急いで片づけなくていい時間があれば、それだけで少し呼吸ができる。

そんなことを、ぼんやり考えていた一日だった。

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