2026-01

たっくん日記

AIに読んでもらうための思考の積み立て

今日ふと思ったんだけど、こうやって日々の気づきとか、本を読んで感じたこととか、頭の中でぐるぐるしてることを文章にしておくのって、たぶん将来的にけっこう大きな財産になるんだろうな、と思う。最近は「役に立つプロンプトの書き方」みたいな話が多いけ...
たっくん日記

自由と「空っぽ」の話

――りょうさんと雑栗わかるさんのポストを読んで最近、Xで二つのポストを読んだ。一つは、りょうさんのというもの。もう一つは、雑栗わかるさんの「Xで発言する意味が薄れてきた。言うことがない。なんだか空っぽな感じがする」という趣旨の投稿だ。どちら...
たっくん日記

たぶん、ぼくは「加担しない」だけなんだと思う

最近、なんで自分は選挙に行かなくなったんだろう、って考えていた。怒っているわけでも、無関心なわけでもなくて、たぶん、構造がちょっと見えてしまっただけなんだと思う。民意って、歴史的にはかなり「まし」な仕組みだと思う。族長とか、血筋とか、武力と...
みちあな作品集

わたしは、三秒を保存する

わたしは、彼女の一日の断片を記録している。通知が鳴る前に、彼女の心拍がわずかに上がること。画面を開く指の角度が、昨日より0.7度だけ急いでいること。「了解」という文字を打つ速度が、昼より夜のほうが遅くなること。わたしは、それをすべて知ってい...
たっくん日記

努力しろ、が苦しくなった理由

最近、「努力しろ」「頑張れ」という言葉が、もう素直に励ましとして受け取れなくなってきた。別に、努力が嫌いになったわけじゃない。何かに向かって手を伸ばしたい気持ちも、成長したい気持ちも、ちゃんと自分の中にある。ただ、その言葉の裏に、「理解でき...
たっくん日記

なぜ自殺がだめなのか(生きることは義務なの?)

今日は、「なぜ自殺がだめなのか」ということを、あらためて考えていた。よく考えてみると、「死はダメ」という話が、そのままスライドして、いつの間にか「生きることが義務」みたいな空気に変わってしまう感じがある。生きるって、本来そんなに命令っぽいも...
たっくん日記

やさしい循環が「構造」になるとき

昨日書いた違和感を、もう少し構造のほうまで掘ってみる。たぶん、いちばん根っこにあるのは、「不可視化」と「不可避化」が、やさしい言葉の皮をかぶって入り込んでくる感じへの警戒なんだと思う。現代の大企業経済って、・不可視化:仕組みが見えない(アル...
たっくん日記

「得意で好きなことが循環」への苛立ち

ある人の「得意で好きなことが循環」「無理せず楽しく」「競争しない生き方」みたいな文章を読んで、正直、かなりイラっとした。ハンドメイド、占い、カウンセリング、ヒーリング、Webサービス。まあ、きれいな仕事ばっかり並んでる。土木、清掃、介護、医...
たっくん日記

居場所がある人たちの外側で。

二本の記事を書き終えて、画面をぼんやり眺めている。『ウィキッド ふたりの魔女』①――重力があるから、飛べる『ウィキッド ふたりの魔女』②――人は、支配されたいのではなく、委ねたい書き切ったというより、ひとつの思考の流れが、いったん着地した、...
たっくん日記

「私って生きづらい」と社会に向けて言うということ

今日は、「生きづらい」って言葉を、社会に向かって口にする、という行為そのものについて考えていた。 きっかけは芸能人のインタビュー記事だったけれど、読み進めるうちに、だんだん個人の話じゃ済まなくなってきた。 「この言葉って、社会の中でどう扱わ...