物の「見方」を教えるということ
あの授業で、
具体的に何を教わったのかと聞かれると、
うまく答えられない。
文法も教わった。
「作者の考え」も教わった。
受験で点数をとるテクニックも教わった。
それでも、
それだけではない何かが、確実に残っている。
今になって思うのは、
教えられていたのは
「何を考えるか」ではなく、
「どう見るか」だった
ということだ。
文章を読むとき、いや、人生すべての場面において、
そこに「正解」があるとは限らない。
むしろ、
どこを切り取り、
どこに立ち、
どの距離感で眺めるかによって、
見えてくるものは変わる。
現代文の授業で、
よく分からないまま投げかけられていた問いは、
答えを当てるためのものではなかったのかもしれない。
あれは、
「あなたは、
いま、
どこから世界を見ているのか」
という問いだったのではないか。
だから、苦しかった。
答えを覚えれば済む話ではない。
模範解答をなぞっても、
しっくりこない。
自分がどこに立っているのかを、
引き受けなければならない。
しかもそれを、
言葉にしなければならない。
授業中、
頭が真っ白になったのは、
考えていなかったからではない。
むしろ逆で、
考えすぎて、足場を見失っていた
のだと思う。
どの視点を選べばいいのか。
どこに立てばいいのか。
正解が一つだと思っていた場所で、
急に
「あなた次第だ」と突き放される。
それは、
高校生にとっては、
かなり厳しい状況だ。
だから、
当時の私は、
あの授業を「分かりやすい」とは感じなかった。
でも今なら分かる。
あれは、
分かりやすさを
最初から放棄した授業だった。
代わりに、
世界を見るときの
「立ち位置の不確かさ」そのものを、
そのまま差し出していた。
教育とは、
安心できる地面を
先に用意することではない。
むしろ、
地面が揺れる感覚を、
安全な場所で
一度、経験させることなのかもしれない。
あの教室では、
まだ人生が始まってもいない段階で、
「答えのない問い」に
立たされていた。
それが、
あれほど息苦しかった理由であり、
同時に、
あとから効いてきた理由でもある。
当時は、
その意味が分からなかった。
ただ、
苦しくて、
怖くて、
逃げたかった。
でも、
世界をどう見るかという問いは、
その後の人生で、
何度も姿を変えて現れる。
仕事を選ぶとき。
誰かと別れるとき。
何かを信じようとするとき。
そのたびに、
あの教室の空気が、
どこかで立ち上がってくる。
名前も、
答えも、
用意されていなかった。
ただ、
見るしかなかった。
もしかすると、
あの現代文の授業でN先生は、
生徒たちに、人生のかなり早い段階で、
その練習をさせていたのかもしれない。

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