AI時代に「仕事ができる人」って、何なんだろうな、と思う。
文章を書ける人?
データを扱える人?
発想が速い人?
たぶん、もう違う。
AIは、だいたい何でもできる。
調べること、並べること、比べること、整えること。
きれいな文章も、説得力のある資料も、そこそこ以上に出してくる。
でも、AIができるのは、やっぱり補助だけだ。
判断はしないし、引き受けないし、責任を負わない。
矢面に立たない。身体を持たない。
じゃあ、AI補助を受けて一番伸びるのは、どんな人なんだろう。
たぶんそれは、
前に出て声を張る人じゃなくて、
「全体を見て、流れを読む人」
つまり、参謀タイプなんだと思う。
参謀タイプは、AIと相性がいい。
情報を整理し、選択肢を並べ、リスクを洗い出す。
AIがやってくれる下ごしらえを使って、
「今、何を選ばないか」を静かに決める。
でも、現実はそうきれいには進まない。
現実では、無理が通る。
論理より空気が勝つ。
正しさより声の大きさが勝つ。
そしてそのとき、
道理としての参謀は、だいたい引っ込められる。
「今はそういう話じゃない」
「分かるけど、今回は別で」
そんな言葉で。
だから参謀は、矢面に立たない。
立たないからこそ、生き残る。
立たないからこそ、次の局面にまだ居る。
じゃあ、最強の参謀って何なんだろう。
たぶんそれは、
一度も前に出ない人じゃない。
いつでも前に出られるけど、出ない人。
そして、たった一度だけ立つとしたら、
それは「正しいことを主張するため」じゃない。
主人――
つまり、身体で引き受ける人、
決断を背負う人が、壊れそうなとき。
現実を動かすのは、
AIでも、参謀でもなく、
主人=身体で引き受ける人なんだと思う。
参謀は、その人が立ち続けられるように、
場を整え、時間を稼ぎ、道を残す。
そして、また一歩下がる。
最強の参謀とは、
選び続け、引き続け、
それでも最後まで「参謀でいられた人」。
そんな気がしている。
今日は、そんなことを考えていた。

コメント