選ばなくていい暴力を、選ばないということ

これは、答えを出すための文章ではない。構造が見えてしまったあと、それでも現実に立ち続けるための、一人分の思索の記録である。善悪がまだ定まらない世界で、「選ばなくていい暴力」を選ばないということ。その感覚を、忘れないために書いた。

朝、ふと考えていた。
人間という存在は、外から来る「波」を、異様なほど自己再帰的に反射させて溜め込める構造を持っているのではないか、と。

もしそうだとしたら、
いわゆる「洗脳」や「支配」は、
思っているほど複雑な仕組みを必要としないのかもしれない。

音波にたとえるなら、
外から人為的な音を、間断なく与え続ける。
内部でその音のエコーが減衰しきる前に、
また次の音を重ねる。

そうやって「本来、静まり返ったときに聞こえるはずの音」――
自分自身の微かな欲求や違和感――を、
聞こえなくしてしまう。

現代人が「自分のやりたいことが分からない」と感じるのは、
もしかするとこの構造の自然な帰結なのかもしれない。


世の中ではよく、
「支配者が悪意をもって人々を縛っている」
「権力者がエネルギーを吸い上げている」
という語り方がされる。

けれど、
画用紙の上に砂鉄を撒き、
その下に強い磁石を置いたときの光景を思い出す。

砂鉄は磁力線に沿って整列し、
いくつかの“層”のようなものが浮かび上がる。

その層を、
人は「支配者層」と呼んでいるのかもしれない。

だが、そこに
本質的な悪意を持った特別な存在がいるとは限らない。

ただ、
背景にある“磁力線”――
経済、制度、文化、欲望、恐怖――の影響を、
内部で強く反射させる粒の集合体が、
層をなしているだけなのではないか。


どの層の砂鉄として生まれるかは選べない。
それを「運命」と呼ぶしかないのだと思う。

けれど、
その層の中でどう振る舞うかは、
その粒自身に委ねられている。

善悪は相対的で、
人類全体の一本軸がまだ定まっていない今、
「何が悪か」を完全に定義することはできない。

それでも一つだけ、
輪郭が浮かぶ基準があるとすれば、

他者の自由意思を奪う形で行動したかどうか。

どの層にも、悪人はいる。
ただ、影響力の大きな層にいる粒ほど、
その行為は拡大して見える。

大富豪の世界ではイーロン・マスクが、
サッカー界ではメッシが、
芸能界では明石家さんまが、
そして、学校のクラスには人気者の山田くんがいる。

レイヤが違うだけで、構造は同じだ。


構造が見えてしまうと、
次の変化が起こる。

テレビが見られなくなる。
会話が噛み合わなくなる。
自分の意見を、
違う意見の人に押し通す意味を感じなくなる。

スピリチュアルの言葉で言えば
「愛」や「悟り」に近い状態なのかもしれない。

でも実際には、
虚無に落ちるか落ちないかの、
ぎりぎりのところで、
現実にピントを合わせ続けている個体
――それだけのことなのかもしれない。


では、愛とは何なのか。

宇宙全体の流れに、
偶然うまく沿えた状態のことなのか。

それとも、
全体の流れが見えたうえで、
なお、その流れに沿うことを選べた状態なのか。

たとえば、
目の前に蟻の行列があったとする。

ただ眺めることもできる。
害虫として駆除することもできる。
無目的に踏み潰すこともできる。

選択肢はある。

その中で、

選ばなくていい暴力を、選ばない。

それを、愛と呼ぶのなら、
少しだけ納得できる気がした。


人類はいま、
「全体ベクトルが見えている状態で、
それでも暴力を選ぶのか?」
という問いから、
逃げられなくなる地点に向かっている。

これは、誰かを裁くための思想ではない。
自分自身に向けた、静かな問いだ。

今日もまた、
その問いを抱えたまま、
辛うじて現実に立っている。

それで、たぶん、いい。

注釈・補足

1. 波とエコー

(外部刺激は、どこまでが自分の声か)

→ 記事
「なぜ沈黙が怖いのか」
「内言は誰の声か」


2. 減衰しない反射

(自己再帰が止まらない構造)

→ 記事
考えすぎる人は壊れているのか
反芻は意志では止められない


3. プロパガンダ

(大きな声と、善意の境界)

→ 記事
指示はいつ自由意思への暴力になるか
正しいプロジェクトが人を壊すとき


4. 磁力線

(人格を持たない支配構造)

→ 記事
悪意がなくても世界は歪む
支配者は実在するのか


5. 砂鉄としての人間

(個体は構造の中でどう振る舞うか)

→ 記事
人は粒でしかないのか
運命と自由意思の分岐点


6. 層(レイヤ)

(上下ではなく、影響範囲の違い)

→ 記事
「偉い人ほど誤解される理由」
なぜ同じ言葉が違う意味で届くのか


7. 影響力

(善悪が拡大して見える仕組み)

→ 記事
小さな暴力と、大きな沈黙
注目される人が壊れやすい理由


8. 善悪の相対性

(一本軸が未確定な世界)

→ 記事
「なぜ正しさは争いを生むのか」
「正義はいつ暴力になるか」


9. 自由意思

(選べるという残酷さ)

→ 記事
「選択肢が多すぎる社会で起きていること」
「自由は本当に祝福か」


10. 暴力

(選ばなくていい選択)

→ 記事
「暴力とは何か(殴ることではない)」
「言葉はいつ刃物になるか」


11. 愛

(感情ではなく、選択の減算)

→ 記事
「愛とは、何かをしないこと」
「やさしさが世界を変えない理由」
「人を残すとは」


12. 虚無

(構造が見えたあとの落とし穴)

→ 記事
「悟りがつらい理由」
「意味が消えたあと、どう生きるか」


13. ピント

(現実層に留まる技術)

→ 記事
「俯瞰しすぎると世界が遠のく」
「今ここに戻る方法」


14. 現実感

(身体が最後の錨)

→ 記事
「なぜ身体を失うと人は壊れるのか(からだに帰る)」
「思考だけでは生きられない理由」


15. 一本軸

(まだ決まっていない問い)

→ 記事
「人類はいつ一本軸を持つのか」
「AIは善悪を決められるか」

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