―― 主権を手放さない使い方
ここまでで、
AIを「答えを出す存在」や
「判断してくれる存在」として扱うと、
身体が置き去りになる、という話をしてきた。
では、
AIは何に近い存在として扱えばいいのだろう。
AIは、
外部化された反射神経だ。
AIに意識があって何かを感じ、考え、判断しているのではない。
単に、パターンを学習し、それらしい答えを反射的に生成しているに過ぎない。
判断は、身体の仕事である
人は本来、
頭で考える前に身体が反応している存在である。
・一歩引く
・違和感で止まる
・「今日は無理だ」と分かる
これらは、
論理の結果ではない。
身体の反射だ。
ところが現代では、
この反射が信用されなくなった。
理由を言え。
根拠を出せ。
説明しろ。
その結果、
判断の重心が、
身体から言葉へ移ってしまった。
AIは「考える前」に返してくる
AIの返答が速いのは、
思考が鋭いからではない。
反射的だからだ。
大量のパターンから、
条件に合うものを、
即座に返してくる。
この性質は、
とても危険にも、
とても便利にもなる。
判断主体をAIに渡すと、
人は楽をする。
でも、
反射神経を預けると、
身体は鈍る。
ラケットと身体の関係
テニスを想像してほしい。
ラケットは、
自分の手の延長だ。
でも、
ラケットが勝手に
ボールを打つわけではない。
振っているのは、
身体だ。
良いラケットとは、
「判断してくれる道具」ではない。
身体の機能を高め、反応を増幅してくれる道具だ。
AIも、
この位置に置くと、
途端に扱いやすくなる。
「AIが言ったから」は危険な言葉
「AIがこう言ってました」
「AI的には正解です」
この言い方が出た瞬間、
主権は、もう手放されている。
なぜなら、
判断の最終責任が、
自分の身体に戻ってこないからだ。
もし何かが起きても、
身体は学習しない。
「自分で決めた感覚」が
育たないからだ。
正しい使い方は、鏡に近い
AIの返答を読んだとき、
やるべきことはひとつしかない。
自分の反応を見る。
・胸が広がったか
・詰まったか
・少し動きたくなったか
その反応こそが、
判断の素材だ。
AIは、
結論を出すために使うのではない。
反応を引き出すために使う。
反射神経は、速さより方向
ここで、
ひとつ勘違いしやすい点がある。
反射神経というと、
速さの話に聞こえる。
でも、
本当に大事なのは方向だ。
・前に出る
・一度止まる
・距離を取る
この「向き」が、
身体で分かるかどうか。
AIは、
その向きを
何通りも提示してくれる。
選ぶのは、
いつも身体だ。
判断しない、という使い方
意外に思われるかもしれないが、
AIの一番いい使い方は、
判断させないことだ。
・選択肢を並べさせる
・利点と欠点を出させる
・別の見方を示させる
ここで止める。
「じゃあ、どうする?」は、
自分に戻す。
この一往復があるだけで、
AIは「使われる存在」になる。
主権は、感覚にある
最後に、
とてもシンプルな基準を置いておこう。
AIを使ったあと、
自分の感覚は、
・鈍っているか
・冴えているか
もし、
自分で決められなくなっているなら、
使いすぎだ。
もし、
少し判断が軽くなっているなら、
うまく使えている。
主権は、
思想や理論にあるのではない。
今、この身体にある。
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次の章では、
さらに一段、
視点を引く。
判断する前に、
もうひとつ大事なものがある。
それは、
「場」や「条件」だ。
何を選ぶか、ではなく、
何がすでに傾いているか。
無理に決めない、
という技術の話をしよう。