―― シミュレーション文明の使いどころ
前の章で、
人生はマラソンで、AIは伴走車だ、という話をした。
この比喩を、もう少しだけ進めてみよう。
マラソンでいちばん困るのは、
「走れないこと」ではない。
本当に厄介なのは、
どんな地形を走るのか分からないまま、
スタートラインに立たされることだ。
坂が多いのか。
風は向かいか。
舗装路なのか、砂利道なのか。
分からないまま走れば、
人は自然と、力を入れすぎる。
人は「知らない道」を走るとき、力む
未知の道を前にすると、
身体は緊張する。
それは臆病だからではない。
安全確認をしようとする、
ごくまともな反応だ。
でも現代では、
この「地形が分からない」状態が、
人生のあらゆる場面に広がっている。
進学。
就職。
転職。
結婚。
独立。
選択肢は多いのに、
それぞれを進んだ先の感触が見えない。
だから多くの人が、
「とりあえず正しそうな道」を選ぶ。
そして、
走り出してから気づく。
「思ってた地形と違う」と。
AIができるのは「走ること」ではない
ここで、AIの得意領域が出てくる。
AIは、
あなたの代わりに走ることはできない。
決断を引き受けることもできない。
でも、
複数のルートを並べて、
それぞれの特徴を言語化することはできる。
・この道は、最初は楽だが後半がきつい
・この道は、収入は安定するが裁量が少ない
・この道は、時間はかかるが自由度が高い
これは予言ではない。
保証でもない。
あくまで、
「地形図」に近いものだ。
スポーツカタログとしてのAI
ここで、もうひとつ比喩を出そう。
AIは、
人生の「スポーツカタログ」だと考えると分かりやすい。
スポーツ用品店で、
ラケットやシューズを眺めるとき、
こう思うだろう。
「これは自分に合いそうか」
「長く使えるか」
「扱えそうか」
その場で、
買うかどうかを決めなくてもいい。
試してみて、
違ったら戻せばいい。
AIが提供するのは、
この「比較」と「想像」の補助だ。
「向いている」と「選ぶ」は別の話
ここで重要なのは、
向き不向きを「決めない」ことだ。
AIは、
「あなたはこれに向いています」
と言えてしまうだろう。
でも、
向いていることと、
やるべきことは一致しない。
向いているけれど、
今はやりたくないこともある。
向いていないけれど、
なぜか気になることもある。
身体が反応するのは、
いつも後者だ。
ガチャ型人生から、協議型人生へ
これまでの社会は、
極めて「ガチャ型」だった。
与えられたカードで、
うまくやるしかない。
たまたま入った学校。
たまたま進学した大学。
たまたま選んだ学部。
たまたま入った会社。
AIは、この構造を壊し始めている。
なぜなら、
選択肢を事前に並べ、
検討することが可能になったからだ。
これは、
人生をコントロールすることではない。
「協議」できるようになった、ということだ。
自分と。
身体と。
環境と。
決める前に、想像する
大事なのは、
AIの答えで決めないこと。
答えを読んだとき、
身体がどう反応したかを見る。
・少し前向きになる
・逆に重くなる
・なぜか引っかかる
その反応こそが、
あなたの現在地だ。
地形を見て、
「今日は走らない」と決めるのも、
立派な判断だ。
敵でも、救世主でもない
AIは、
人生を奪う存在でも、
救ってくれる存在でもない。
ただ、
走る前に地形を照らすライトだ。
ライトを持ったまま、
走らなくてもいい。
ライトを置いて、
暗闇を歩いてもいい。
選ぶのは、
いつも身体だ。
次の章では、
この「身体がどう反応するか」を、
他人に伝えるときの話をしよう。
なぜ、
本物の助言は、
やたら具体的なのか。
なぜ、
抽象的な言葉ほど、
すごく見えてしまうのか。
翻訳の話を、
もう一段、深めていく。