人を残すとは

まず前提として、ベクトラブでは
「世界を変える」と
「人を救う/守る」を
意図的に分けている。

多くの苦しさは、
この二つを同時にやろうとして起きる。


① 「世界を変える」とは何か

ここで言う「世界」とは、

  • 制度
  • 構造
  • 経済
  • 権力配置
  • 集団の力学

つまり、個人を超えたレイヤの話。

これは本質的に、

  • 時間がかかる
  • 合意が必要
  • 摩擦を伴う
  • ときに対立や痛みを生む

という性質を持つ。

やさしさ“だけ”では、
このレイヤはほとんど動かない。


② 「人を残す」とは何か

一方で「人を残す」とは、

  • 壊れきらないでいる
  • 生き延びている
  • まだ選べる状態にある
  • 思考も身体も接続が切れていない

そういう個体の保存の話。

もっと言えば、

「この人が、
まだ暴力を選ばずにいられる状態を
かろうじて保つ」

ということ。


③ なぜ「やさしさ」は人を残すのに向いているのか

やさしさは、

  • 即効性がある
  • 個別対応ができる
  • 対立を激化させにくい
  • その場の痛みを下げられる

だから、

人が壊れきるのを防ぐ

という役割に、非常に向いている。

ただし逆に言うと、

  • 構造を揺らす
  • 配置を変える
  • 力関係を組み替える

という仕事は、ほぼできない。


④ 「やさしさで世界を変えよう」とすると起きること

ここが重要。

やさしい人が、

  • 人をなだめ
  • 傷を手当てし
  • 寄り添い続け

同時に、

  • 構造も変えたい
  • 社会も良くしたい

と思い始めると、
役割が過積載になる。

結果、

  • 消耗する
  • 無力感が出る
  • 「自分が足りない」と思う
  • さらに頑張ろうとする

そして壊れる。


だからこの文章では、
あえて線を引いている。


「やさしさは、世界を変えなくていい」

これは冷たい言葉ではない。

むしろ、

役割を限定することで、
やさしさを守る言葉

だ。

やさしさの仕事は、

  • 世界を変えることではなく
  • 人を“次の一手が打てる状態”で
    生き残らせること

「人が残れば、構造に触れる手がいつか現れる」

ここが最後の跳躍。

構造を変えるのは、

  • いつも全員ではない
  • いつも同時でもない

ある瞬間に、

  • 構造が見え
  • 影響力があり
  • 暴力を選ばず
  • 手を伸ばせる

ごく少数の人だ。

でもその人たちは、

壊れてしまったら
そもそも現れない。


だから、

  • やさしさが人を残し
  • 人が残ることで
  • 構造に触れる人が
    時間差で現れる

という分業が起きる。


まとめると

  • やさしさは「世界」を変えない
  • やさしさは「人」を残す
  • 人が残ることで
    世界に触れる可能性が保存される

だから、

やさしさは、
世界を変えるための
前段階の保温装置

だ、という話。


この視点を持つと、

  • 「やさしいのに何も変わらない」
  • 「自分は無力なんじゃないか」

という苦しさから、
一段、降りられる。

そして初めて、

「自分はいま、
どの役割をしているんだろう」

と静かに考えられる。

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