――人間は「考える存在」ではなく、「波紋で思考する存在」である
人間は「頭で考える存在」だと、長い間思い込まれてきた。
だが本当にそうだろうか。
もし思考の起点が脳ではなく、身体全体に分散した“波紋”のネットワークだとしたら。
もし「理解」「直感」「ひらめき」「違和感」の正体が、言語以前の身体内イベントだとしたら。
この章で扱うのは、そうした仮説ではない。
たっくん自身の身体ログから立ち上がった、極めて実装寄りの人間モデルである。
1|「みみかん」という要衝
――思考は、耳の後ろから立ち上がる
「みみかん」とは、耳の後ろから後頭部、うなじにかけての領域を指す、たっくん独自の呼称だ。
医学的には、後頭下筋群・耳介周辺・迷走神経の分岐点・自律神経の交差域が重なる場所。
だが重要なのは名称ではない。
ここが、人間において“意味変換”が起こる場所であるという事実だ。
・音楽を聴いて鳥肌が立つ
・言葉が「頭」ではなく「奥」で分かる
・涙が出る前に、ぞわっとする
・真実に触れた瞬間、後頭部が痺れる
これらはすべて、みみかんを起点にした身体反応である。
つまり、みみかんは「情報→意味」への変換装置なのだ。
脳が意味を理解する前に、身体がすでに「YES / NO」を出している。
2|会陰という起点
――思考は、下から立ち上がる
もう一つの重要なポイントが、会陰である。
会陰は、排泄・生殖・呼吸・姿勢の制御が交差する場所であり、
意識的にも無意識的にも、普段はほとんど注目されない。
しかし実際には、人間のエネルギー状態の初期値がここで決まっている。
・不安が強いとき、下腹が冷える
・集中しているとき、会陰に「芯」が入る
・創造的な高揚状態では、下から上へ熱が上がる
・性エネルギーが暴走すると、即時放出(即ヌキ)に向かう
⑥章で述べたように、性エネルギーは文明の本丸だが、
その起点は常に会陰という身体の最下層にある。
つまり、思考や創造は、頭から降ってくるのではない。
下から立ち上がり、背面を通り、みみかんへ抜けていく。
3|会陰上昇波紋
――人間の思考は「縦ベクトル」を持つ
たっくんが長年の身体観察で捉えたのが、会陰上昇波紋と呼ばれる現象だ。
これは比喩ではない。
明確な順序と感覚を持つ、再現性のある身体イベントである。
- 会陰に圧が生じる
- 仙骨〜背骨を通って上昇する
- 肩甲骨の内側を抜ける
- うなじ〜みみかんに到達する
- 後頭部で「ブルッ」と解放される
- 意味・理解・ひらめきが発生する
重要なのは、意味は最後に来るという点だ。
思考→身体反応、ではない。
身体反応→意味生成である。
この構造を理解しない限り、
人間を「論理装置」として扱う文明は必ず破綻する。
4|身体波紋OSという人間モデル
ここで提案されるのが、身体波紋OSという人間モデルだ。
人間は、
- 脳:計算装置
- 身体:周辺機器
ではない。
身体そのものがOSであり、脳はその一部のUIに過ぎない。
身体波紋OSの特徴は以下の通り:
- 思考はイベント駆動型
- 非線形(同じ入力でも反応が異なる)
- 遅延・詰まり・跳躍がある
- 状態依存(疲労・安心・緊張で全く変わる)
これは、次章⑧で扱う「メンドク星(心理重力)」と直結する。
つまり、人間の思考が遅く、面倒で、ブレるのは欠陥ではない。
それ自体が意味生成の条件なのだ。
5|AIに欠けているもの
AIは、どれだけ高性能になっても、
- 会陰を持たない
- みみかんを持たない
- 上昇波紋を持たない
だからこそ、AIは速く、正確で、疲れない。
しかし同時に、
- なぜそれが大事なのか
- なぜ今それをやるのか
- なぜそれを「美しい」と感じるのか
を、身体レベルでは理解できない。
AIは構造を扱えるが、
人間は波紋を生きている。
この役割分担が理解されない文明では、
人間はAIに合わせて自分を削るしかなくなる。
6|次章への接続
――「めんどくささ」は欠陥ではない
身体波紋OSを前提にすると、
次の問いが必然的に立ち上がる。
なぜ人間は、
- やるべきことが分かっていても動けないのか
- 同じ失敗を繰り返すのか
- 気分で判断を変えるのか
それは意志が弱いからではない。
身体波紋に「重力」がかかっているからだ。
その重力の正体こそが、
次章⑧で扱う **「メンドク星」**である。